福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

黒部の太陽

久しぶりに夜の日程が入っていない週末に、2夜連続で放送されたドラマ「黒部の太陽」を見ました。戦後まもなく、電力の安定供給のための巨大ダムの建設という国家プロジェクトを実現するために、前人未踏の黒部峡谷にトンネルを掘る男たちとそれをとりまく人たちの物語。登場人物のそれぞれは、敗戦というトラウマを抱えながら、大戦で満たされなかった思いを自らの仕事にぶつけていきます。私は、掛け値なしに感動しました。それとともに、敗戦の瓦礫の中から「体を張ってがんばれば明るい将来が見える」と素直に信じられた時代に、ちょっと眩しい思いがいたしました。

私は20代の後半に資源エネルギー庁で原子力発電所の立地を担当し、全国の原発の立地予定地を訪ねて歩いていたときがあります。ある立地計画地の最前線を訪れていたとき、当時は公務員倫理法もない時代で、夜に地元の人も交えての宴会となりました。「国から札束をもったお役人さんが来るから、接待すっぺ」ということだったのでしょうか。原発が建てられるようなところは人里離れたところですから、周辺に飲み屋のようなものはありません。そこで公民館を借りての大宴会です(そういえば同じような場面が「黒部の太陽」でもありました)。私の隣には、僻地の人とは思えないような可愛らしい女性がついてお酌をしてくれます。

やがてドンチャン騒ぎになって宴もたけなわになったころ、電力会社の立地事務所の所長さんが耳元で「うちの娘に何か粗相はありませんか」と囁いてきました。そうです。お酌をしていたのは所長さんの娘さんだったのです。一気に酔いが醒めました。その立地地点は地元漁業の反対などによって大変難航しておりました。赴任してきた所長さんは、単身赴任では地元に信用されないと思って家族全員で都会から引っ越してきて、地元の人などとの宴会があると奥さんも娘さんも総出で応対しているのだそうです。「なんでそこまでおやりになるのですか」とお聞きしたら「この仕事は国策だから自分のすべてを懸けてやっているんだ」という答えが返ってきました。

私はその晩は、ほとんど寝られませんでした。当時はいわゆるCOP3で京都議定書が結ばれた直後で、政府は議定書に定められている温室効果ガス排出削減目標を達成するために、原子力発電所を全国に16~20基作らなければならないという計画を定めて、電力会社に原発立地を進めるよう強烈にプッシュをしていたのです。私はまさにその一翼を担う、ペーペーの官僚でした。当時世界中で温室効果ガス削減のために原子力立地を強力に推進していたのは日本だけで、私はパリのOECDに出張して日本のこの原子力立地政策を拙い英語で説明したところ、「なんで京都議定書の目標達成のための一番の策が、住民の理解を得ることが困難な原子力立地の促進なのか?」と各国から質問攻めに合いました。政府の目標は、官僚たちの「机上の空論」とまでは言いませんが数字合わせに過ぎず、現場で大変な苦労をされる人のことまで考えて作られたものではなかったのではないか? 議定書の目標達成のためには、もっといろいろな方法があるはずなのに、十分に検討していなかったのではないか? 条約交渉のときに、しわ寄せが現場に行くことなんて考えないで安易に妥協してしまったのではないか? こんな人の人生を左右することを、簡単に(当時の私を含む)官僚が描いていいのか? さまざまなことが頭の中をグルグルと回りました。(念のため申し上げておきますが、私は原発否定派ではありません。)

「黒部の太陽」の時代には、国民も、企業も、政治家も、官僚も「戦後の復興」という誰もが語らなくてもわかる明確な目標がありました。真っ暗な岩盤をくり貫いて求める光は、ひとつだったのです。ところが、今は何がこの国の目標なのか、何が国民を幸せにするのか、はっきりしません。電力会社の最前線の人が「国策だ」と必死になって頑張っているのに、いったい誰が「私たちの国の目標」というものを真剣に考えているというのでしょうか。官僚たちが作った「目標」は単に議定書に定められた目標を達成するための数字に過ぎず、そこには何の価値観も込められていません。官僚たちが、なんらかの価値観の込められた目標を立てる資格があるとも思いません。やはりその時代の国が目指すものを、歴史観と文明観を持って描いていくのは、政治家しかいないのではないでしょうか。そして、国民は自分たちの価値観を反映した政治家を選べばよいのではないでしょうか。

今の日本が進むべき道を見失っているのは、価値観を反映した目標を示せる本物の政治家がいないからです。私は、これまでつらつら書き連ねたような経験を重ねる中で、「官僚が国を引っ張っている」なんてチヤホヤされてはいけない。今こそそのような本物の政治家が必要だ。そういう本物の政治家になりたい。という思いで政治の世界を志しました。2回にわたる落選、ドブの水を飲んで生活するような浪人生活の後なかなかありそうでない解散総選挙という中で、今はまさに黒部のトンネルを掘り続ける職人のような思いですが、テレビドラマを見ながら政治を志した初心を思い返していました。今晩は一人でいろいろなことを考えながら、お酒を飲みたい気分です。