福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

毎晩うっとおしい寝苦しい夜が続きます。いかがお過ごしでしょうか。

議員宿舎で布団に入っていると、内閣不信任案をめぐるゴタゴタ劇、国会の会期延長をめぐる混乱とその後の国会審議の停滞、松本大臣の放言と突然の辞任、意味不明の内閣改造人事、玄海原発の再稼動をめぐる閣内不一致など、歴史上最低の政治の状況を国民の皆さんに示してしまっていることを心苦しく思い、なかなか寝付けません。

今日、ある超党派の勉強会で21世紀臨調から示された緊急提言が、まさに自分の考えていることを言い表しているので引用させていただきます。

私は被災地の議員として、目先の政局騒動に加担することなく、ひたすら復興のために地元のことを政府につなげていくことを心に銘じておりますが、政治家である以上評論家であってはいけません。日本の政党政治が崩壊しようとしている以上、何とかしなければならない、そんな思いでおります。ぜひ叱咤激励のほどよろしくお願い申しあげます。

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新しい日本をつくる国民会議21世紀臨調)幹事会

「現下の政治に対する緊急提言」(平成23年06月16日)

政党政治は競争と協力の政治】
日本の政治はもはや先進国の政治とは呼ぶに値しない有様になっている。先進国の政治とは競争と協力を通して眼前の課題を着実に処理しうる政治であるが、日本の政治はこの水準から確実に滑り落ちつつある。国会議員たちのこの点についての危機感の希薄さこそが、危機の深刻さの何よりの証である。
政党政治は競争を旨とするが、状況に応じて一定の協力を惜しまない一つのシステムである。ところが日本では二院制の制度的不具合もあって、競争乃至対決の要素ばかりが強まり、政権の慢性的な危機が発生してきた。いったん、衆参の「ねじれ」が生じ、制度的不具合が露出した場合、それを乗り越える鍵は政党内部の卓越したガバナンスにしかないが、政党自身の求心力は高まるどころか解体傾向を深め、政権は摩滅する一方の状態にある。このことに対し与野党はそれぞれに責任があるが、衆参両議長がこの危機に際し何ら建設的なイニシアティブをとろうとしない姿はまさに異様の一語に尽きる。

【政権と政党の統治に失敗した民主党
民主党は政権と政党の統治に相次いで失敗し、マニフェスト政権公約)の信用を失墜させ、日本国総理大臣の地位と政治主導の名を地に堕しめた。過日の内閣不信任案に際して前首相と現首相との間で交わされたとされる文書やその後の「ペテン師」呼ばわりは、まさに語るに堕ちた姿をさらけ出したというべきである。それら一連の失態は本来であれば下野に値するものといわざるを得ない。
かりに一縷の光明を見出そうとするならば、統治の失敗と破綻した総選挙時のマニフェストについて徹底的な総括をおこない、新たな代表の選出を通して党の求心力と政策の軸の回復を地道にはかる以外に道はない。こうした政党としての自律性の涵養、自己規律の回復を疎かにしたまま、代表選レースや連立話ばかりを弄ぶならば、民主党はさらに失敗を繰り返すことを自ら選択したに等しい。

【大連立騒動で問われていること】
最近話題のいわゆる大連立について言えば、現下の国家的危機に強い基盤で対処するため、政党政治の正常な協力機能を回復させようとする試みの一つの手段である。否定はしないが、衆参両院の国会審議を含め「機能する政権」を実現することが眼目であるなら、特定の形態にこだわる必要はなく、様々な知恵が工夫されてよい。当然、衆参両院関係が重要な課題となる以上、両院議長の出番も果たすべき役割もまた大きい。
ところが、現在の大連立騒動は定義も目的も手続きも曖昧なまま、ムードや言葉だけが独り歩きしているように見える。政策本位の視点も、政党の求心力・自己規律回復への努力も欠いたまま、無原則に多くの議員を糾合するだけの巨大政権ならば、「機能する政権」を実現することには到底ならない。国会機能が巨大な与党事前審査として院外へ大幅に流出する一方、徒に政権内の混乱と「動かない政治」を助長するだけである。それ以前の問題として、党内をまとめきれない政党に、大連立を成し遂げるだけの力量が果たしてどこまであるかも厳しく問われねばならない。

【無責任な野党の拒否的政治姿勢】
自民党を初めとする野党もこの非常時にいつまで拒否的政治姿勢を続けるつもりなのか、その態度を厳しく問われるべきである。先の内閣不信任案にしても、国民の多くはそんなことをしている場合かとその姿勢に疑問を禁じ得ないでいる。大地震・大津波原発事故という未曽有の事態が眼前に横たわっている中で、被災によって総選挙は事実上不可能な局面であるにもかかわらず、代わるべき首相候補も建設的な政権構想も国民に説明しないまま、ひたすら首相の退陣のみを要求する姿は国民の理解を到底得られるものではない。

与野党合作による政党政治の自滅】
野党は日本国総理大臣の使い捨てに加担していると言われても仕方がない。いつまでも政権批判だけに軸足を置き続けることは、党内のガバナンス上は容易かもしれないが、それこそが「野党病」の危険な誘惑ではないかという危惧を覚える。結果として、この未曽有の事態にあって、被災地を含めすべての国民をおきざりにしたまま、与野党合作で、日本国総理大臣の地位をさらに失墜させ、日本の政党政治は自滅に歩みを進めているとしか思えない。

【国民の自覚】
日本政治の国際的な評価は著しく傷つけられた。これ以上、ダメージを大きくするわけにはいかない。目下の緊急課題はまさに日本国における「政権」の存在そのものが怪しくなり、内外から厳しく問われている点にある。そもそも民主政治は破天荒な英雄の存在を前提にしない制度である。ないものねだりをしていればよい時代は過ぎ去ったのである。それほど日本の現実は厳しいことを肝に銘ずる必要がある。
われわれ国民の側も、総理大臣の一挙手一投足をあげつらっては潰し続け、政権批判をしていれば物事が前進するかのような錯覚からそろそろ卒業すべきである。政党政治がこのような惨めな姿になった責任の一端は間違いなく国民にもある。この意味で、国民の視線もまた試されている。