福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

コメ政策の大転換(その1)

○安倍政権は、いわゆる「減反」を5年後に廃止し、民主党政権で行われてきた戸別所得補償制度などを見直すコメ政策の大転換を決定した。長年続いてきた国がコメの生産量に一定の関与をするいわゆる「減反」政策は確かに不合理な政策であり、なくしたほうがよいと私も考える。しかし、これまで「減反」政策をおかしいとわかっていながら続けざるを得なかった理由もあるのであり、政策の選択や順序を間違えると主食を生産する産業が衰退するというとんでもない結果にもなってしまう。農業経済学を学んだ政治家として、現場の実際に基づいてこの是非を論じてみたい。

○まずなぜ「減反」政策を行うようになったかであるが、一つには食生活の多様化によりコメの消費量そのものが減ったという需要面からの要因である。昭和40年には国民一人当たり年間111.7kgも消費していたのが平成24年には56.3kgと半減している。その一方で、水田面積は昭和40年の約310万haから、平成24年には246.9万haと減ってはいるが、需要の減退に対応して減ってはいない。食管制度の下では作れば一定の利益が保証される高米価が強い政治力の下で維持され、かつ政府全量買入制度であったため、作れる農家はみんなコメを作ることになってしまい常に供給が過剰になる状況となった。さらに、本来は水田面積を減らしていかなければならなかったにもかかわらず、自民党の票田獲得の手段として、効率的な利用が可能な水田を整備するという名目で、土地改良事業が各地で盛大に実施され全国の水田が整備されていくという矛盾する政策をとることとなった。この供給面からの要因も加わった結果、ペナルティ措置を伴う水田の休耕などによる強制的な減反が始まった。おそらく多くの国民がイメージする「減反」政策はこのような強制的な減反のことであろう。

○さすがにこの強制的な減反は、生産現場からも、消費現場からも批判を浴び、政府は主食用米の生産数量目標を設定してそれを地域ごとに配分し、生産数量目標を上回るところを休耕にするのではなく、麦や大豆などの転作作物を作付することを奨励する強制力が弱く自主性を尊重した「生産調整」へと転換させた。しかし、それでも転作奨励の補助金と生産調整をリンクさせたため、補助金をもらって政府に従う農家と、転作に応じないで自由にコメを作る農家とに二分化していき、生産調整の効果は十分に上げられず、米価を維持することも、コメ農家の経営を強化することもできないままに終わってしまった。

○ここで一つ技術的側面として押さえておかなければならないのは、品種改良によって水田稲作農業は最も手間のかからない農業となっており、田植えと稲刈りの数日を除けば、会社勤めをしながら水田を維持していくことは容易であるし、それなりの味のコメを作ることができるということである。その結果、稲作農家のうち主業農家は2割に満たず、過半数が農業を主業としない兼業農家である。稲作農家の売上金額の平均値は約140万円であり、つまりほとんどの稲作農家は農業で生活を成り立たせているわけではないのだ。生産コストで見てみても、1俵当たりのコメの生産費は約16,000円に対して、コメの平均販売価格は約13,000円であるから、普通の農家は作れば作るほど赤字になるということになる。規模拡大をすればコストが下がるではないかと言われるが、確かに10ha以上の農家の生産費は約9,200円で、これ以上大規模化してもコスト逓減の原則ははたらかずに大体9,000円が生産費の底となっているようである。大規模と言われる10haの稲作で得られる所得は約388万円であり、この規模の田んぼで生産を維持するにはそれなりの高価な機械を導入し、家族総出ではたらきづめにはたらかなくてはならない。この程度の所得で果たしてこれから大規模化して家族を養っていこうと思えるかどうかは、議論のあるところであろう。

○一方の大多数の小規模兼業農家は、多くは農家の子息として親から相続した農地を維持してきたいという(我が国では大切な)家族主義的価値観から、たとえ赤字であっても農地を自ら維持してきたり、あるいは水田は住宅や都市開発されやすい比較的平坦な低地にある場合が多いから、将来の資産価値の上昇を期待して稲作農業を細々と続ける場合が多いと、自分が政治活動のために地元を歩く中でも実感する。農家の子孫として、たとえわずかでも自分の田んぼでとれたコメを自ら食し、あるいは知人に贈ることで、自らのアイデンティティを確認するという行動は、私はプラスのものと評価すべきであると思う。

○問題は、これらの層は経済的合理性に基づいて行動していないから、米価を維持するための生産調整に応じたり、他人に農地を売却して大規模化に協力するというインセンティブが乏しいということである。むしろ、このような構造の下では、大規模専業農家は米価が経営を一番左右することであるから、一部の経営体を除いて、割り切れない思いを持ちながらも多くは減反あるいは生産調整に協力をしてきたのだ。水田農業農政の難しさはここにある。

○中途半端な経済学を齧った者は、「減反」をやめれば米価が下がり、米価が下がればコストの高い小規模農家が市場から退出し、大規模農家に農地が集積して、効率的な生産構造が実現する、と単純に考える。しかし、実際には減反/生産調整をやめても、稲作農業で生業を立てていない兼業農家は、ほかの作物を作る時間はないし、かといって農地を手放す気もないから、やはりこれまでと同じようにコメを作り続ける。一方の大規模専業農家は、米価が下がればその減収分は露骨に経営に影響し、極端な場合には自らの生活が成り立つかどうかという瀬戸際まで落ちてしまう。生産コストは先に見たように大体9,000円で底を打つから、米価が上がる見込みがない中で農地を広げようとするインセンティブもあまり働かない。こうした実態を踏まえて、今回のコメ政策の大転換がなされたのかどうかをしっかりと検証しなければならない。

○2009年に政権交代が起こり、民主党政権では戸別所得補償制度を導入することとなった。私たちの農政が何を目指していたのか、どのような農政をとるべきなのかについては次回に述べたい。

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