福島のぶゆきアーカイブ

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国民一人当たり2枚の布マスク配布政策が、なぜ愚策なのか

〇国民一人当たり2枚の布マスク配布政策が、いろいろな波紋を広げているようである。命を受けて一生懸命対応した経産省の後輩たちの努力には敬意を表するが、大学院で政策立案を講義してきた者として、何故この政策が愚策なのか大学院の授業でやるように説明をしたい。

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画像はイメージです(実際の布マスクとは異なります)

 大学院の私の授業では、半年の間に前半で政策立案の実務を講義し、後半で実際に自ら設定した課題に対応するための政策を立案する。その際、イロハのイで言うことは、「その政策の目的は何か」について明確に設定せよ、ということだ。

 霞ヶ関発の政策には、実はそもそもその目的があいまいだったり、おかしなものも多い。このアベノマスクの場合、考えられるのは、「ウイルスの幅広い感染を防ぐ」というまっとうな目的と、「かつてない強大な政策パッケージを練り上げ」(3月28日での記者会見での総理発言)た姿を見せるという目的の二つが考えられる。

 当然後者の目的は、本質とは異なる助平心的から生じた目的なのだが、今回でてきた布マスク2枚は「かつてない強大な政策」というにはあまりにもシャビーなもので、世界的な失笑を買ってしまい完全に失敗している。日本の政府はそこまで馬鹿だとは思いたくないので、やはり目的は前者なのであろう。

 前者の目的を達成するための手段としての政策を考えた場合、マスクを配るということが医学的衛生学的にも有効で優先すべきなものなのかどうか、まず判断しなければならない。マスクの感染予防効果についてはさまざまな議論があるが、日本医師会や専門家の間で予防に決定的に重要だという判断はなされていない。事実アベノマスクの決定には、これらの専門家は関与していないようである。

 むしろ今喫緊の課題は、密集した場所で、濃厚な接触をしないようにする外出制限や営業規制などだ。これは、あらゆる専門家が真っ先に指摘していることだ。法的根拠のない外出自粛要請をしておきながら、外出を前提とするマスクを政府が率先して配るのでは、本気で外出自粛を要請しているとは思われまい。

 「ウイルスの幅広い感染を防ぐ」ために行う「かつてない強大な政策パッケージ」の第1弾は、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言と、時期や地域を見定めて同法に基づく各種措置の発動でなければならない。アベノマスクは、政策の優先順位においてまったく間違えているのだ。広報の仕方が悪かったという問題ではない、根本的な問題だ。

 「マスクに予防の効果は薄くとも、咳をする人などからの飛沫感染は抑えられるから、配らないよりはまし」という意見もあろう。でも、元々マスクをせずに自らからの飛沫感染に配慮しない人が、政府から布マスクが送られてきたからといって、翌日から殊勝にもマスクをして出かけるだろうか?ましてや、毎日消毒するような手間をかけるだろうか。こういうことこそ、全世帯に配ること自体が目的化して、国民の行動などは配慮しない官僚的対応と言わざるを得ない。

 「医療機関に使い捨ての不織布マスクを優先的に回すために、国民には布マスクを行き渡らせるべき」という議論もある。国民がドラッグストアなどで不織布マスクを買い占めるから医療機関に行き渡らないと政府が言うとすれば、それは政府の無能の告白だ。すでに新型インフルエンザ等対策特別措置法では、緊急事態宣言を発出後に物資の売渡しの要請等ができることになっている。先にも述べたように緊急事態宣言を発出して、メーカーや流通から都道府県が優先的に買い付けて医療機関など真に必要とする機関に引き渡せばいいだけだ。そのために数百億円を使ってまず国民に布製マスクを送るなどというのは、費用対効果でもナンセンスな話だ。

 そもそも、私の地元では、お客のいなくなった食堂などで従業員が布製マスクを作って売ったりしていて、それはお店に結構並んでいる。私のところにも、写真のような手作りのマスクを届けてくれる人がいる。毎日ドラッグストアに列をなす人は、不安だから箱に入った使い捨ての不織布マスクを手元に置いておきたくて並ぶのだ。しかも、毎日並んでいる顔ぶれは同じ人が多い。こうした人たちは、おそらく布製マスクが2枚送られてきても、やっぱり箱入りの使い捨てマスクを求めてドラッグストアに並び続けるだろう。

 政府がまず行うべきことは、専門的見地からマスクの効用(自らの感染予防への効果は小さい等)やリスク(マスクに付着したウイルスを取り込む可能性がある等)を国民にわかりやすく説明して、不安心理を取り除くことだ。過剰な需要を抑制しなくてはならない。その上で、流通を適正にするために売り惜しみや高値転売などを取り締まるとともに、生産や在庫の情報を日々タイムリーに情報公開して、パニック的な買い占めを防ぐことが必要である。台湾では、IT技術を活用したこうした情報公開システムが成功をしている。適正な流通システムを確保することこそが、政府の役割だ。

 今回は、「マスクが不足して行列ができている。だからマスク不足を解消しなければならない」という命題に、ある意味では有能な官僚組織が忠実に従って仕事をして実現したものであろう。しかし、学歴エリートの官僚は、設問が与えられれば迅速に回答を出す能力は優れていても、そもそもその設問自体が正しいかどうかを問う能力はない。ましては事務系の官僚にとって、医学的見地から設問自体が正しいかを判断することはできない。

 設問を与える者、つまり政策の目的を設定する者は、政治家である。そして、必要な法律を作ったり、その発動を判断するのも政治家である。結局のところ、アベノマスク騒動は、側近の官僚に頼りきりで自ら政策目的を設定したり、法律を権力者として扱うことができない日本の戦後政治の欠点そのものが現れているものなのである。