福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

国の統治機構の崩壊

〇この問題は、単なる若手官僚の業務多忙などの「働き方改革」の問題として捉えるべきではない。国の統治機構の崩壊という、根幹的な問題として捉えるべきである。

www.nikkei.com

 「私が若いころは」という年寄りの繰り言をしたくはないが、私が在職していた時は月に200時間の残業は当たり前、日付が変わる前に帰宅することはほとんどなかった。残業代はほとんどつかず、地方などに仕事のための勉強に行くのも自腹だったので、サラ金からお金を借りなければ生活できない時もあった。自宅には毎月のように「あなたの本来の年収は3倍の○○円です」というヘッドハンティング会社からの手紙が届き、具体的に年収1,600万円で外資系企業のポストを提示されたりもした。

 それでも、辞めて民間企業に行くことなど考えたこともなかったのは、「天下国家を動かしている」という充実感があったからである。元々政治家を志していた私にとっては、日本を代表する専門家たちと政策を練ったり、法制局と法案の協議をしたり、国会の舞台回しをしたりなど、自分の実になる毎日であった。

 先日紹介した『月刊日本』にも書いたことであるが、1997年の橋本内閣以降官邸機能の強化が行われ、民主党政権の誕生で「政治主導」の流れが確立する中で、政と官の関係が変わっていった。今や、私がいた頃のような「天下国家を動かしている」という充実感を官僚たちが持てなくなっているのだろう。それは、かつて法案を作るのも、国会答弁を作るのも、そしてしばしば国会質疑を作るのも、立法府で行うべきことの多くを官僚たちが行う「官僚主導」の時代から脱却したという点では、ある意味では健全なことなのかもしれない。

 しかし、だからと言って官僚の役割がなくなったり、政治家に劣ったりするわけではない。いやむしろ、時に判断を失敗する政治的な思惑にとらわれず、専門的科学的な見地から優れた政策を立案する、本来の官僚組織の役割はますます重くならなくてはならない。今や世界は、よりよい政策を立案する激しい競争が起きており、さまざまな世界共通の課題に対してその解決を導く政策を立案した国が国際競争力を得る、と言っても過言ではない。

 残念ながら今の霞ヶ関の人の育て方では、そのような人材は育たない。他国の官僚たちと話していると、20代で馬車馬のように働いている人は少ない。だいたい20代は、大学院で複数の学位をとったり、論文を書いたり、海外で経験を積んだりして、知的充電の期間を過ごしている。「東大法学部で優がいくつ」などというのは、知的な資産にはならない。どんな国際会議の場でも、東大学士などという学歴は専門家とはみなされない最低学歴なのだ。

 そうした期間の後は、いきなり政策立案や国際交渉の最前線に出てくる。若い頃から国家を背負う責任ある仕事をした人物は、その後「天下り」のような官僚組織内部の人事による世話を受けなくても高給の仕事はいくらでもあるから、生涯で得られる所得もそれなりのものだ。こうしたことは、日本が途上国だと思っている国の官僚でも、同様だ。

 この30年間の日本の停滞と国際的な地位の急落は、政治の機能不全に加えて、国の統治機構の劣化とそれを支える人材の疲弊によるものである。いまの霞ヶ関から出てくるのは、アベノマスクなど哄笑を受けるような官邸官僚による非科学的な力任せの政策ばかりで、世界の最先端を行くような政策は出てこない。「明治維新によって確立された日本の官僚機構の根本を変える」という橋本内閣で掲げた行政改革を貫徹しなければ、日本の衰退の道は止まることはないだろう。

 残念ながら、今の自公政権にも、野党にもそのような機運はない。危機感もない。専門性もない無能な官邸官僚が、跳梁跋扈する世の中になっている。私は、政治の世界に入った17年前から行政改革を訴え続けているが、選挙では受けないばかりか、マイナスに受け取られることすらある。それでも、私を国会に戻して取り組ませてもらいたい。