福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

三島由紀夫の50回目の命日

〇三島由紀夫の50回目の命日。自分も50歳になった節目と思い立ち、多磨霊園へと墓参してきました。お墓には、能楽堂で三島と一緒だったご老人や三島が死んだ年齢の45歳を間近に迎える方など三島ファンが来ていて、三島談議に花が咲きました。

 三島由紀夫狂いの母親に反発して太宰治などを読んでいた私は、中学2年生の時に『仮面の告白』を読んで雷が落ちてきたような衝撃を受け、それ以来小説、随筆、戯曲、評論、雑誌の記事から子供の頃の習作までほとんどの作品を読んできました。三島を経由して、三島に影響を与えたニーチェ、バタイユ、コクトー、ラディゲから古今和歌集や雨月物語などを読み進め、私の精神的な根源は三島によって作られたと言っても過言ではありません。

 三島のエキセントリックな最期から、入口の段階で誤解されることが多いのですが、三島は決して政治的なウヨクなどではなく、古典の素養と近代の教養とが交じり合った耽美的な人物であったと思います。近年のテレビ番組や映画で描かれている姿のほとんどは、晩年の政治的行動から三島を解釈しようとしていて、違和感を覚えるものばかりです。

 お墓の前で手を合わせて、「男の子が生まれたら楯の会に入れたい」と思っていた母の死を報告し、三島が死んだ45歳を超えて50歳になっても、腐臭を放つ戦後日本社会の中で大したことも成し遂げず、豚のようになって彷徨っている己の申し訳なさをお詫びしていると、自ずと涙が落ちてきました。

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