〇霞ヶ関に入ると、時々惚れ惚れするほど頭のいい人に出会う。私が通産省に入って出会ったその一人が、新型コロナウイルス感染症対策専門家会合のメンバーの小林慶一郎さん。
今月の月刊『文芸春秋』で、「コロナ第三派「失敗の本質」」というタイトルのこの国の政府組織が抱える本質的な問題をえぐり出した珠玉の論文を寄せている。そこに書かれていることは、私が1999年の東海村JCO事故、2011年の東日本大震災で体験し身に染みて考えたことと全く同じ、日本の宿痾だ。恐らく先の大戦の「失敗の本質」もまったく同じだろう。
【コロナ対策にかかわる人間は、未知の部分がまだまだある中で、最悪を想定しつつ、しかし、試行錯誤を行うことを恐れず、迅速で柔軟な政策決定をするべきだ】
しかし、日本の行政組織は、
【危機が高まれば高まるほど「村社会の論理」が支配的になり、外部の敵については希望的観測にすがるもの】
そこで、「司令塔」があいまいな日本
となり、尾身会長をはじめとする専門家も、
【政府の意向を慮って提言が弱まったり遅れたりしなかったとは言い切れません】
ということなってしまう。
その他にも、かつて可愛がっていただいた作家の塩野七生さんの、600年前のヴエネツイアで行われた経済と感染症対策を両立させるための科学的な対応の描写。「「尾身会長vs政府」苦悩する科学者たち」という、
【政治家は科学者の発信を都合よく使うという不信感がある】
ということを生々しく描いた記事。法的根拠に基づいて業務を遂行しなければならない立場ながら、その法令や厚生労働省が定める対処方針が「全国一律」であることによる保健所を取り巻く矛盾を切々と訴える、内田勝彦全国保健所長会会長の「保健所の悲鳴を聞いてほしい」など必読の記事や論文が目白押しで、政府や政治関係者の必読の号となっている。
この国は、大東亜戦争、JCO事故、東日本大震災での原発事故など、何度もくる「想定外」という事象に混乱し、対応に大失敗する歴史を繰り返している。私が生きている間に、まともな政治を実現することで、この民族の宿痾を克服しなければならないと思っている。