福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

『令和元年のテロリズム』

〇ちょっと前に著者から送られてきた『令和元年のテロリズム』という本を読んだ。しばらく前に著者から、熊澤元農水次官が息子を殺害した事件に関してインタビューを受けていたのだが、すっかりと忘れていた。私のコメントを3ページにわたって引用してくれている。

 この本は、同事件と共に令和元年に起きた川崎の小学生無差別殺傷事件や京都アニメーション放火殺傷事件を並べてルポダージュしたものだ。元号は明治以降は天皇の代替わりに伴って変わるものだが、なぜか不思議と元号が変わる年に後の時代から見れば時代の天気になるような出来事が起きる。平成元年には、女子高生コンクリート詰め殺人事件やオウム真理教による坂本弁護士一家殺人事件が起きた。

 本書で引用されている私のコメントは、

【「これはジャーナリスティックに書き立てる事件ではないと思います。哲学的な問題として向き合って欲しい」。政治家の福島伸享はこちらを戒めるように語る】

【「私は熊澤さんのことを、川崎の(岩崎隆一の)事件とは同じにされたくないという思いもあって、こうして話しているのです。事件を知ったとき『あの熊澤さんが?!』と驚きました。確かに熊澤さんがやられたことは法律に触れます。ただし、法律的な正しさと同義的な正しさは一致しない。ーこれはあくまでも私の考えですよ。熊澤さんは息子さんを憎くて殺したわけではなく、やはりこれ以上ひと様に迷惑をかけてはいけないという思いがあって、愛しながらも殺した。当然罪のつらさをもっとも感じていらっしゃるのは熊澤さんです。今後、罪を償われるわけですが、私は法律に反したとしても、倫理上、もっと高い位置にあるものが存在すると思っているんです。だから今回の事件が、熊澤さんの人間性ややられてきた仕事に傷をつけたようなことは一切ない」】

【福島は険しい表情で続ける。「人間ってもともと不条理なものなんですから。その不条理さが殺人という事象として現れただけであった。自分が何者かだなんて、私だってわからない。あなただって分からないでしょう?それなのにメディアは『面会はいつ行くんですか?』『裁判はいつ始まるんですか?』みたいな質問ばかり。そういう世俗じみた観点から熊澤さんのことを論じて欲しくない。哲学や文学のテーマとして捉えて欲しいですし、社会問題に収まる話ではないと私は思います」。】

など。

 残念ながら、本書では私が申し上げたような観点からの掘り下げた分析や著者の見解は明確には示されていない。令和という新しく始まった時代に起きたこれらの事件が、時代的に何を意味するのかも明らかにはされていない。「テロリズム」という言葉を題名に使いながら、そのテロリズムが何に対してどうしようとする行為なのかもよくわからない。私にとっても重い問題だが、私には何となく思索の糸口は存在している。

 皆さんも、これから続く令和という時代の生き方や社会を考えるためにも、本書を手に取ってみてはいかがか。