〇これまで迷惑をかけ続けてきた妻へのささやかな罪滅ぼしにと、新国立劇場にロッシーニの『ウィリアム・テル』を観に行きました。
『ウィリアム・テル』は、私が幼少時に母が枕元で本を読んでくれ、その後も何度も児童書を繰り返して読んだお気に入りでした。今回のロッシーニのオペラの仏語による上演は、実は本邦初。ヒロインのマティルド役のオレガ・ペレチャッコの包み込むような慈しみのある声など、素晴らしい舞台でした。
第1幕でテルは、
Quel fardeau que la vie!(生きるとは何て重荷なんだ)
Pour nous plus de patrie!(私たちにはもはや祖国はない)
Il chante, et l'Helvétie pleure sa liberté.(彼は歌い、ヘリヴェルティア(スイスの地方)は自由を求めて涙する)
と歌うことから始まるように、現在のスイスがドイツのハプスブルク家の圧政から自由を求めて戦う話です。有名なのは序曲や、テルが支配者ジェスレルに命じられて息子の頭に載せたリンゴを射抜くシーンですが、今になって見ると愛も命も投げ捨てて、自由と独立のために戦う重い話なのです。もしかしたら私の政治意識は、幼少期の『ウィリアム・テル』の読書にルーツがあったのかもしれません。
これがロッシーニのオペラの最終作となるのですが、庇護してくれたシャルル10世が1830年の7月革命で亡命して、フランスにおける音楽活動の基盤を失ったことによるのは、歴史の皮肉のように思えます。妻への罪滅ぼしのつもりが、結局政治のことばかり考えてしまうのは、病気なのかもしれません。