〇今日で高市政権になって初めての臨時国会が閉会いたしました。通常の閉会手続きの最後の本会議は淡々と終わるものですが、今日は議院運営委員会で吊るされたまま(委員会に付託されずにいた)になっていた自民党・日本維新の会提出の定数削減法案の継続審議に、私たち有志の会を含め、れいわ新選組、日本共産党、参政党、日本保守党の議員、河村さんたちの会派とすべての少数会派が反対いたしました。民主政治は多数決が原則ですが、その裏には少数意見への配慮がセットとならなければなりません。炭鉱のカナリアではありませんが、この法案が定数削減という内容以上にいかに法律として異常なものであるのかという証左でしょう。

臨時国会開会前の自民党総裁選での高市総裁の誕生、その後の有志の会も当事者となった政権協議、臨時国会での政治改革特別委員会での企業団体献金規制の議論、超党派議連での選挙制度抜本改革に向けた党派を超えた本音の議論と私なりに全力で走ってきたつもりですが、「令和の政治改革」という立ち向かっている岩はあまりにも大きく堅い。どれだけできたのか、と大きな徒労感にも苛まされます。でも、地元の皆さんに国会に送っていただき、人生でただ1回の国会議員としての日々。悔いの残らぬよう、残りの人生を賭けてもがいてまいります。そんな思いを込めて、YouTubeでこの国会を振り返っておりますので、ぜひご覧いただき、変わらぬご支援のほどよろしくお願いいたします。

国会の後は、世俗の毒を抜くために、三島由紀夫の『近代能楽集』の朗読劇を観に独り新国立劇場へ。演じられたのは、「弱法師」「班女」「卒塔婆小町」。10代の頃三島に溺れていた私の體に、三島の一つ一つの研ぎ澄まされた言葉がすうっと溶け込んできます。目に見えるものと見えないもののどちらに美はあるのか、精神の正常と異常のどちらに美はあるのか、齢を重ねることで劣化するのは美なのか、それぞれの男女の肉体性のあるエピソードと共に語られます。三島の世界の毒は、国会の毒より甘美です。

そしてこの文章は、三島が愛したワグナーの『トリスタンとイゾルデ』を、宿舎の部屋の中一人ワイングラスを傾けて、大音量で聞きながら。不安定なトリスタン和音に、現実の世界へと引き戻されます。もうすぐ、映画『憂國』で流れ続けている「愛の死」です。年明けの国会と日本は、これまでにない荒れたものになるような気がしてなりません。しばし体と心を休めて、次なる闘いに備えたいと思います。