福島のぶゆきアーカイブ

衆議院議員 福島のぶゆきの活動記録です

橘幸信・前衆議院法制局長のインタビュー記事

〇私もお世話になった橘幸信・前衆議院法制局長のインタビュー記事。超党派の憲法論議では、橘さんの法的整理が大変役に立った。各党は自分たちの言いたいことを憲法に反映させようとするが、橘さんはいつも各党に忖度することなく、「そのような改正をすれば、憲法○○条との関係で矛盾が生じます」とか、「この条文の解釈の通例はこうだから、こう捉えることができます」などとイデオロギーや特定の考えを排した冷静な整理をしてくれた。

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【衆院法制局は、内閣を補佐する内閣法制局のような意味での『法の番人』ではない。しかし、きっちり法案の審査をしつつ、どう法制度を設計するかを議員と一緒に考える、そういう永田町のシンクタンクでありたいというのが私の思いでした。その核心にあるのは『小さな声を聞く力』。制度の谷間に落ちた人の声を聞いて救済する、それこそが議員立法の重要な役割ではないかと思うのです】

 まさに、ここでおっしゃっているとおりの仕事ぶりだった。その上で、こうも言っている。

【議員から言われた通りにただ法律を書いたり、論点整理をしたりするようなことはしない、議員に寄り添いながらも、法制的にも政策的にも国民に十分に説明できるか、一緒に考えようという姿勢を崩さなかったからでしょうか。そして、疑問点については、あえて議員の足元に立ち止まって考えてもらうための『つまずきの石』を置く。石を置かずに『先生のおっしゃる通りです』とだけやっていると、結果的にその議員のためにも国のためにもなりませんから。議院法制局はあくまでも国民代表たる国会の機関であり、『国民の僕』であるという意地というか、やせがまんかもしれませんが、自負を持って法律を書いてきたつもりです】

 日本国憲法第41条では、「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」と定めている。世間的には、日本で一番偉いのは内閣総理大臣だと思い込んでいる人もいるが、国民によって直接選ばれた様々な立場の議員が合議して物事を決める国会が一番偉いのであり、憲法前文が「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」と始まって「国民主権」を定めていることと表裏一体の関係にある。国会が一番偉いのは、国会議員が偉いのではなく、国会議員を選ぶ国民が偉く、その責任も国民が負うということになっているのだ。橘さんが「議院法制局はあくまでも国民代表たる国会の機関であり、『国民の僕』であるという意地というか・・・自負を持って法律を書いてきたつもりです」とおっしゃっているのは、こうしたことなのだろう。

 私が霞ヶ関ではたらいていたときは、まだ官僚たちは全能感をもってはたらいていた。そして、時に非合理的で、利己的で、利益誘導的な国民の選択を受ける国会議員や国会を下に見るような感覚もあった。でも私は、時代が大きく変わる中で、国を大きく動かしていくには、国民の選択を受けた国会の場が機能しなくてはそれがなしえないと考え、国政を目指した。そうした私に、経済産業省の幹部は「今小泉政権の中枢で国を動かしている君が、なぜ選挙に出る必要があるのか。もう君は国を動かせているじゃないか。国会議員は自分の当選のことばかり考えているんだから、国を動かすのは我々なんだよ。わざわざ人に頭を下げて、身銭切って勝ち目のない選挙に出る気が知れない」と言った。私は、「そういう国だからこの国はダメになってしまうんですよ」と言って辞表を提出した。

 役所を辞める直前にお仕えしていた鴻池祥肇先生も、このインタビューに出てくる憲法調査会長だった中山太郎先生も、野中広務先生をはじめとするかつての自民党のベテランの先生の多くも、国権の最高機関と定められていた国会の権威を守ることについては、体を張っていた。それは、国民主権というかけがえのないものの価値を身を以って理解していたからだ。また、国会にはさまざまな慣習があるが、それらの多くは多様な国民の意思を尊重し、合意に導くために積み上げられてきた知恵の結晶で、決して旧態墨守ではない。

 先の衆院選で圧勝した高市政権は、十分な審議時間も積み重ねず予算を成立させようとし、予算委員会には担当の財務大臣は出席せず、日本維新の会と連携して衆議院の定数を減らそうとしている。首相の軽口と笑い声が充満した国会には、国権の最高機関としての緊張感は見られず、野党は委縮し、与党からも国会の権威を守る声は出てこない。鴻池先生がご存命なら「国会は内閣の下請け機関やないで」という口癖が出てきたであろう。

 霞ヶ関は、無責任の体系でもある。責任と役割は法令で定められたポストにあるのみで、一人一人の官僚たちはどんなに無為無策でも、失政をおこなっても、責任を取ることはない。数年経ったら異動して、次のポストで平然と仕事をしている。総理大臣に責任を取らせようとしても、その時はだいたい内閣は変わっている。「内閣総理大臣が一番偉い」というのは、そういう世界だ。

 国民主権を守るためには、代表者を選ぶ国民自身がこのことを自覚しないと、永遠の無責任の体系にこの国の権力構造が堕ちていくだろう。そうなった時に、この国がどうなるのかは、数十年前の歴史を見れば明らかだ。