〇今日の読売新聞の記事は、示唆に富む。「米、引きずり込まれたか イスラエルが猛烈働きかけ」との見出し。

【3月5日の米下院軍事委員会公聴会。議員から「最初の目標がハメネイ師だったのはなぜか」と問われた国防総省ナンバー3のコルビー国防次官は、「その空爆を行ったのはイスラエルだ」と述べるにとどめた。作戦の核心とも言える攻撃について米側から主体性を欠くような発言が出るのは、イラン最高指導者の殺害という目標はイスラエル側のものだった可能性を示唆している】

【準備が中途半端なまま軍事作戦になだれ込んだためか、政権幹部の足並みは乱れている。トランプ氏は2月28日の記者会見でイランの体制転換に意欲を示したが、ヘグセス国防長官は3月2日の記者会見で、「これは体制転換のための戦争ではない」と発言した。ルビオ国務長官も2日、攻撃に踏み切った理由について「我々はイスラエルが(軍事)行動を起こし、それが米軍に対する(イランの)攻撃を招くことも理解していた。先制攻撃しなければ、より多くの犠牲者が出ていた」と記者団に述べた。イスラエルのせいで参戦せざるを得なかったかのような説明には、波紋が広がった】
今年1月に超党派でイスラエルを訪問し、リベラル派のヘルツォグ大統領、渦中のネタニヤフ首相、極右のサール外相をはじめ与野党の政治家や要人たちと意見交換を重ねた。イスラエル人にとって、2023年10月7日のハマスによる襲撃はナチスによるホローコースト以来のトラウマともなっていて、右から左の政治的立場の人までこぞって、「パレスチナ体制転換がなされなければならない」「イスラム教徒の考えを変えなければならない」と主張していた。
私は、「政治体制や政治思想というのは、その国の社会の根底にある歴史や文化に基づくものなのだから、他国の力によってそれを実現できるわけがない」と何度も反論したが、逆に「第二次世界大戦前に軍国主義だった日本は、米国に負けて体制や考えが変わったじゃないか」と日本を例に出して反論された。私は、日本は決して本来軍国主義でなく、多くの国民は当時の指導者に面従腹背していただけで、米国によって変えられたものではないと再反論したが、日本を例に出されると説得力がなくなってしまうのが恥ずかしかった。
なお、ネタニヤフ首相とは、日本側の小野寺自民党安全保障調査会長が「ガザの復興に日本も貢献したい」と言ったところ、猛然と「まだそのような段階ではない」と始まり、延々と30分以上イスラエルの立場を一方的にぶつ独演会となって(途中からは通訳もされず)、議論にはならなかった。独裁的な地位にいる人特有の、他者の意見を受け付けない体質を垣間見た。
今回のイスラエルの行動の背景には、このようなイスラエル国内の圧倒的多数の世論があるのであろう。この記事にあるように、トランプ大統領は何らかの理由があって(いくつかは推測はされているが)、これにお付き合いせざるを得なかったのかもしれない。しかし、やはり軍事攻撃によってイランの体制を転換したりイスラム教徒の考えを変えることなどは絶対に出来ないであろうから、今回の軍事行動の目的がそこにあるのであれば、パンドラの箱を開け、火薬庫に火をつけたことになるであろう。米国にとっても、転落の発端になるのではないか。
【米国とイスラエルによる対イラン合同軍事作戦の構想は、昨年12月末の首脳会談から走り出した。米国はイランとの対話も並行して行ったが、核を巡る協議は暗礁に乗り上げた。そのままイスラエルの勢いに飲み込まれるようにイランを攻撃した米国は、作戦の正当化に苦慮している】
日本にとって、これは対岸の火事ではない。「文明の衝突」によって日本をも巻き込む世界史的な出来事がまさに今始まっているのだ。3月19日には高市首相が訪米してトランプ大統領と会談する予定となっている。この会談が、今後の日本の行く末を大きく決めてしまうものとなるかもしれない。目先の経済的利益や安全保障上の支援を求めることや、政権基盤の強化といった内向きの訪米では、判断を間違うことになるであろう。もっと大きな文明的、歴史的観点からの判断ができるのかどうか、日本の政権中枢の知性が試される時となるであろう。訪米までの予算委員会で十分に与野党間で議論すべきである。
何もできない私にとっては、こうした世界情勢を眺めながら不安定な精神状態にならざるを得ない。