〇今日は上京日程があったため、在日イラン大使館を訪れ、ハメネイ師をはじめ犠牲になられた方々への弔問の記帳をしてまいりました。

イランへは、電力関係のエンジニアだった私の父がしばしば出張で訪れ、商社マンだった義父が数年間赴任した縁があります。私の1期目の時には、当選後すぐに当時駐日大使だったアラーグチー外相がお祝いに来てくれ、その後も何度か議員会館の事務所で意見交換をいたしました。官僚時代の国際会議でもイラン人と接しましたが、私がお会いしたイラン人はペルシャ文明を引き継ぐ高い誇りを持ち、知的で慎み深く、そして何よりも極めて親日的でした。米国が経済制裁をしている時でも、日本がイランとの関係を大切に温めてきたことに、心から感謝していました。

今のイランの政権が、人権の状況などからみてさまざまな問題があることは認識しております。そうしたことに対する国際的な指摘も必要でしょう。しかし、主権国家に対して、体制の転換を目指して、国家元首をはじめとする一般市民までを一方的に殺戮する野蛮な行為は、決して許されるわけではありません。イランのことは、イラン人自身が決めるべきであることは、当然なのです。

第二次世界大戦前には、今ある多くの国には主権もなく、民族や国家としての自決権もありませんでした。明治維新を成し遂げた日本は、独立国であることが自明のように思っているかもしれませんが、それは地理的条件や当時のリーダーたちの賢明な判断によるもので、帝国主義の時代では幸運だったと言えるでしょう。第二次世界大戦後は、サンフランシスコ講和条約で独立を回復できたにもかかわらず、今や自ら主権を放棄しているか、他国に託しているかもしれない情けない状況にあると、忸怩たる思いを持っています。
独立国として、主権国家として、今中東で起きていることに対して日本ができることは何なのか。それは、米国やイスラエルに忖度することなく、いくつもあるはずです。そんな思いを込めて、前衆議院議員として、「日本とイランの友好は永遠」と記帳してまいりました。