〇大島元衆議院議長の味わい深いインタビュー記事。大島元議長には、超党派選挙制度抜本改革議連でもご指導をいただいた。ただ権力に寄り添う政治家ではなく、憲政の価値を大事にする、まさに「議会の子」。旧民主党系の政党や政治家に欠けていることを、すべて言い当てている。
【選挙で思うような結果がでないと政党名を変更したり、分裂の歴史を繰り返したりする政党に対し、国民が政権運営を託すだろうか。野党の支持が伸びてこない最大の理由だと考えます。自民党も党内政局になり得る摩擦はあります。政治は人間が織りなす技です。公正な選挙で選ばれた議員には、それぞれ志があり、その人たちが集まれば衝突が起きるのは当然のことです・・・「数」の力は冷厳です。離合集散しているだけでは、「数」が分散してしまいます。果たして、いま、野党側に連携・協力するような政治的な「技」があるでしょうか】
「政治は人間が織りなす技」。けだし名言だ。一人一人の政治家は、社会という不合理で不条理なものを背負って政治の場に登場する。旧民主党系(及び左派系・新興政党系)のリーダー政治家たちは、党や組織のおかげで一人一人の議員が生まれてくると思っているから、「組織が決定したことに従え」と一方的に言いがちだ。形式的組織論だけでは不合理や不条理を背負った政治家たちはついてこられず、結果として常に排除される者を生むこととなる。だから民主党政権のような分裂劇が繰り返される。
組織をまとめる「政治的な技」がないリーダー政治家たちは、党をまとめるためには一人一人の議員の議席を守れるるような政治構図作りをするしかない。そうしないとそのリーダーについてくる政治家はいなくなってしまう。だから、今般の立憲民主党議員の中道改革連合への結集や民進党の希望の党への合流ということが繰り返されることになる。
私は、かつて民主党政権の失敗に対する反省会で、私たち若手議員に対して「お前たちのフォロワーシップのなさが失敗の原因だ」ということを党の幹事長が発言することを聞いて、この党には未来がないことを確信した。昔から「敗軍の将、兵を語る」とか「馬鹿な大将、敵より怖い」という言葉はあるが、リーダーがリーダーシップの欠如を認識していない組織に未来はない。今の野党に、「政治的な技」を磨く意思のある者ははたしているであろうか。
【国会は開かれた権力闘争の場なので、政権と戦うために野党共闘の素地を構築していきます・・・いま、野党側には、一つの政策だけを勝ち取れればいい、という考えもあるようですが、私はそうは思いません。それ以上に、政権を目指して戦う過程が民主主義と考えるからです・・・要は、まなじりを決して戦っているかどうか、ではないでしょうか】
私は民主党・民進党に所属していた時、スキャンダル追及の質問をやれと言われても逃げてきたが、当時の首相に関わる森友学園問題を自らやると言った時、野田佳彦幹事長が弁護士3人を連れて私の部屋にやってきて「君は永田寿康になりたいのか」と止めにきた。私はそれなりの証拠と事実を持っていたので、大きな権力闘争を仕掛けられると確信していた。(今でも続く)批判や政治家としての傷を負うことは覚悟だった。それが政治家の性(さが)だからだ。
でも、旧民主党系リーダー政治家は、内心「自民党にはかなわない」という独特のコンプレックスを持っている者が多い。血を流してでも、とまなじりを決した政局を演じるのではなく、本質的ではないスキャンダル追及などの「けたぐり」や「ねこだまし」を安全なところから繰り広げているうちに、多くの国民から本気になって国を担う気がないことを見透かされてしまっているのだろう。
今の選挙制度を前提とした、二大政党(政治勢力)による政権交代論には、もう国民の希望も現実性もない。平成の政治改革がこのような帰結になってしまった以上、今回の衆院選で焼け野原が広がった以上、今は野にいる私も含め、野党に関係する政治家たちは、何が「失敗の本質」だったのかを根本から見極め、新しい価値を生むための行動を自ら示すしかない。