〇病がひとまず癒えた妻を伴い、越南(ベトナム)の河内(ハノイ)に気晴らしに行ってきました。妻とハノイを訪問したのは四半世紀前。その2年前に一人で訪問したので、今回が3回目。

かつては、喧騒のホーチミンとは対照的に、フランス統治時代の面影(自分へのお土産に買ったのは、フランス統治時代の1932年に河内市会の開催を告げるフランス語とベトナム語で書かれた看板)が残る緑豊かな静かな街並みでしたが、久しぶりに訪問したハノイは、大量のバイクとあちこちでの高速道路や地下鉄工事が進む混沌状態。世界遺産の下竜(ハロン)湾に行く途中のハノイ近郊にも数多くの高層が建設中で、海防(ハイフォン)の港には広大なコンテナターミナルとその背後の大規模工業団地が整備されていました。かつてのハロン湾は素朴な海辺の街でしたが、遊園地やリゾートマンションが立ち並び、遊覧船は各国からの観光客で満員。上陸した島には、立錐の余地がないほどの行列。


これだけ観光客がいるのに、英語ツアーだったからなのか日本人には全く会わず。白人や韓国人が目立ち、台湾などからの中華系も多い。それ以上の最大勢力はインド人で、帰るの船上のサンセットパーティーでは、音楽をインド系のものにして踊りまくっていて、ガンジス川下りに来たのかと勘違いするほどでした。観光地での外国語での案内は、英語・中国語(簡体字・繁体字)・韓国語で、日本語はありませんでした。ベトナムからは多くの技能実習生などが来ているはずなのに、あまりの日本の存在感のなさに愕然としました。

四半世紀前に少数民族が住む田舎の街を訪問した時、子どもたちが「英語を教えて」と大して英語の出来ない私のところにも寄ってきましたが、今のハノイの若者たちの多くが達者に英語を話します。あの頃の子どもたちは30才前後になっているはず。向上心のある若者たちが、ものすごい勢いでベトナム経済を引っ張っているのです。ゴールドマンサックス社は、2050年までにベトナムの一人当たりGDPは2万ドルを超えて(2024年の日本は3.2万ドル)先進国入りを窺うとしていますが、それも十分に可能でしょう。

現職の議員をやっていると、海外に行くことは有権者の目を気にして何となく憚られ、そもそも個人的に行く時間もほとんどありません。でも、年に数回は海外に行かなければ、日本が置かれている現状や世界の変化に気付かないことになるでしょう。そのような者に国政が務まるわけがありません。私も23年間政治活動をやっている間に、ときどきは海外に行く機会はありましたが、ほとんどは公的な訪問ばかり。一般の人たちに交じって海外に行く機会はほとんどありませんでした。その間に、だいぶ感覚が鈍り、曇った目で日本を見ていたのかもしれません。

一度リフレッシュして、新たな思いで政治に取り組まなければならない、と改めて決意をいたしました。