〇さすが木原官房長官、この言葉で少しは救われた。木原官房長官は、日華議員懇談会などさまざまな議連でお世話になった方。
中央調査社が昨年行った調査では、国民が信頼する機関のトップが医療機関と並んで自衛隊、最下位が国会議員。戦後長い時間かけて災害支援やPKO活動などを通じて、自衛隊は今の信頼を得てきた。そして、利害が渦巻き、思想や理念で対立する世俗の政治から一線を画すことで、その信頼を確立してきた。自衛隊を本当に大切する政治家ならば、現場の自衛隊員を絶対に政治に巻き込もうとはしない。昔の自民党なら、そうだった。
自衛隊法第61条第1項には、「隊員は、政党又は政令で定める政治的目的のために・・・何らの方法をもつてするを問わず、これらの行為に関与し・・・選挙権の行使を除くほか・・・政治的行為をしてはならない」と、他の公務員以上に極めて明確に厳格に政治的行為が禁止されている。四の五の屁理屈をこねて違法ではないと言い訳をしているが、そもそもそうした議論に一隊員を巻き込んだこと自体が、政党や政治家として失格だ。
それが、この問題に対して、高市首相は「当日会場に着くまで、自衛官がお見えになることは知らなかった」としらを切り、所管の小泉防衛相は「イベント会社の出演依頼を受け、省内では判断した」「私人として依頼を受けて歌唱した」などとイベント会社のせいにしたり、自衛官を「私人」として自衛隊員自身の責任にしようとしているが、とんでもないことだ。首相は自衛隊の最高指揮監督者、防衛相は隊務の総括者。こんな屁理屈をこねて逃げ回り自衛隊員への愛情を感じないトップに、「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に努め、もつて国民の負託にこたえる」と宣誓して職務に就く自衛隊員の皆さんは、どのように思うか。
私は、安倍政権の頃から政権の周りの一部の人たちに、「俺たちは保守なんだから自衛隊は俺たちのもの」というヘンテコな驕りがあるような気がしてならない。戦前の軍隊は、天皇の軍隊。戦後の自衛隊は、国民みんなの自衛隊。時の権力の持ち物ではない。中国共産党の下にある人民解放軍とは、まったく異なるのだ。かねてより私は、安倍政権あたりの「保守」を標榜する人たちの感覚は東洋的専制主義で中共に近いと言ってきたが、こうした人たちが反中の姿勢を露わにするのは、同病相憐れむともいうべきものだろう。
私が現職の時は、毎年行われる地元の自衛隊基地での殉職隊員追悼式に他の日程に優先して出席してきた。国会議員として、厳しい訓練のさ中、あるいは危険な作業中などに不幸にして命を失った自衛隊員の皆さんとご家族に、最大限の感謝の意と追悼の思いを伝えるのは当然の役割だと考えるからだ。しかし、票につながる基地の大規模イベントや隊友会の会合とは異なり、この追悼式に本人が出席している茨城県内の自民党議員は、私は石川あきまささん以外見たことはない。
こんな騒ぎに巻き込むのではなく、日々任務に精励されている現場の自衛隊員の皆さんに感謝し、隊友会の特別会員としてそっと見守り応援してまいりたい。木原官房長官も、きっと同じ思いだろう。