〇小さいようで、けっして小さなことではないニュースだ。私も議席を失う前は、日華議員懇談会の役員を務めていて、かねてより「日台」に改称するよう訴えてきた。古屋圭司会長にも直接申し上げてきた。
しかし、この歴史ある日華議員懇談会は、1972年の日中共同声明によって日本と中華人民共和国との間に国交が結ばれたことによって、(台湾を支配する)中華民国との国交が断絶されたことにより、引き続き中華民国との政治的パイプを維持することを目的に作られたものであるため、自民党の大御所の先生方は名称変更には極めて消極的であった。
対する野党側では、かつて民主党には日台友好議員懇談会があり、やはり私もこの役員を務めていた。2000年に初めて台湾で選挙による政権交代が起き、民進党の陳水扁政権が誕生した。その頃1998年に日本でも民主党が結成され、新たに始まった小選挙区比例代表並立制の選挙制度の下、戦後初めての選挙による政権交代を目指していた。台湾の民進党は、原発反対、ジェンダー平等などリベラルな理念を掲げていたこともあって、一足先に選挙による政権交代を成し遂げた台湾の民進党と日本の民主党は、水面下でさまざまな交流をしていた。当時私も政治家になる前であったが、日本の政治改革のモデルとして、民進党の政治家たちとの交流を行っていた。
今回、伝統ある日華議員懇談会を日台友好議員連盟と改称することは、自民党が台湾の国民党との伝統的な関係を見直すということを意味するのだろう。最近国民党の鄭麗文が大陸に渡り習近平国家主席と会談するなど、両岸関係を巡って国民党の姿勢が明確になってきた。もしかしたら、先方から日華議員懇談会との付き合いを消極的なものにするメッセージがあったのかもしれない。
私自身は、これまでの日華議員懇談会の名称変更を訴えた来た者として、これを歓迎したい。一方で、これまで中国共産党でも台湾独立派でもない、台湾にある中国国民党との関係を日本の巨大与党が薄くすることが東アジアの情勢にどのような影響を与えるのか、これは決して軽視することができない問題でもあろう。台湾人の民意というのは、複雑で微妙なものである。日本より成熟した民主政治の台湾で、今後民進党が政権を握り続ける保証は何もない。国民民主党の若手政治家の多くは米国留学組で、中国の台頭の中で米国に追従するだけの日本をあまり重く見ていない者も多い。中国共産党との関係も含め、さまざまなパイプを作っておくのがこれまでの自民党政治の真骨頂であり、決して国民感情に迎合するだけの議員外交を行ってはならないのである。