〇東京財団でお仕えした加藤秀樹・構想日本代表のインド訪問記。
【私はデニーン氏が言う“リベラリズム”に代わる社会と、これまで述べてきたインドの“穴”の部分、そして三島がインドに見たものには通底するものがあると思う】
かつてインドのベナレスなど訪問して言葉を紡いだ三島由紀夫と、先日来日したパトリック・デニーンという私の大好物を結び付けている。日本の知識人ぶる人たちの多くは、三島の(本来の三島とは違う)政治的な最期やデニーンの周りにいる偏った米国の政治家たちを眺めて、三島やデニーンを否定的に論じる方が知的なふるまいだと思っている。でも、私はそうしたところに両者の本質があるとは考えていない。ちなみに、「東京財団」とか「日本会議」とか「イスラエル」というだけで、中身もわからずにパブロフの犬のように反応する自称「リベラル」の人もいる。ネット右翼と本質において同類だ。
【三島が「あれだけ旧套を墨守するのはなにごとかだ」と言った、その「なにごとか」を真剣に考えないといけない状況に、我々は立たされているのだ。
トランプを嘆きそれを元に戻そうとするのではなく、トランプが二度も米大統領に選ばれた原因を大きい構図の中で捉え、次の文明の姿をつきつめて考えることこそが求められているのだ。その際、インドに見る近代文明の“穴”、主従が我々と逆であることは大変参考になると私は思う】
私は、こうした柔軟な思考ができる人こそ、真の教養人であると考える。ぜひ全4回の連載を最初から読んでいただきたい。私が今追求していることと大きく重なっている。