福島のぶゆきアーカイブ

前衆議院議員 福島のぶゆきの活動記録です

一水会 木村代表 国旗損壊罪についてのインタビュー記事

〇真正民族派団体一水会の木村三浩代表の国旗損壊罪についてのインタビュー記事。私も時々機関紙『レコンキスタ』に登場させていただいており、木村代表には先の衆院選の最終日の最後の集会で応援演説をいただいた。私は10代の頃から『レコンキスタ』を愛読し、時々集会にも参加していた。インタビューアーは、かつて水戸支局にも赴任していた友人の石川智也記者。石川記者自身の思いも、こもっている。まったくの同感だ。国旗損壊罪については、私のYouTubeでの発言もご覧いただきたい。

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【つい先日も、埼玉県川口市で惨憺(さんたん)たる光景を見た。排外主義を掲げるヘイト活動家が、日の丸をマントのように羽織って気勢を上げていた。

 「彼らにとって国旗は他者を『国賊』に仕立て上げ、自らの鬱屈(うっくつ)を正当化するための便利な道具に過ぎない。外国人を攻撃し、だれかを非国民となじれば自分が『愛国者』。お手軽ですね。誇りも何もない。不都合な歴史も含めてすべてを受け止めるのが、真の愛国ですよ」】

 これが真正保守がするべきコメント。元々木村さんは武闘派で、何度も逮捕された経験がある。私はせいぜい若かりし頃一水会の集会に参加して、公安から写真を撮られた経験があるくらいだ。木村さんはそれくらい体を張って、命懸けで運動をしてきた。

【戦後右翼のほとんどが親米の立場を取るなか、一水会は三島由紀夫が自決直前にのこした「米軍の傭兵(ようへい)で終わるな」という戒めを胸に、一貫して「対米自立」を訴えてきた。木村の目からすれば、戦後右翼の大半は、戦前右翼がもっていた反資本主義の精神やアジアとの連帯を失い、財界との距離も失い、体制化していた。

 口では「日本を取り戻す」と言いながら真に自主独立を望まず、サンフランシスコ講和体制のうち「敗戦国」という不都合な烙印(らくいん)から目を背ける一方で、同時にスタートした日米安保体制という戦後レジームを「保守」し続ける。グローバリズムに抗するどころか棹(さお)さす――そんな歴代政権こそ、一水会にとっては倒すべき「体制」だった】

【右とか左とか反日とかいうレッテル貼りの前になすべきことがあるだろう。身勝手な軍事行動で国際秩序を壊し始めた米国になお追随したまま、国内の「敵」や隣国にだけ強硬な言葉を繰り出し続けるのか――。そう木村が嘆くうちに、夜郎自大な愛国者たちに物騒な警棒を与えかねない国旗損壊処罰法案は衆院を通過した】

 この姿勢こそが、悠久の日本の歴史と文化に基づく民族派運動の本質であるはずだが、「保守」や「愛国」を名乗る勢力にこのポジションを持つ者はほとんどいない。

【三島由紀夫はかつて「私は『愛国心』という言葉があまり好きではない」「この言葉には官製のにおいがする」と書いた。木村が一水会代表を引き継いだ盟友、鈴木邦男もアンブローズ・ビアスの箴言(しんげん)を引き常々「愛国心はならず者の最後の、いや最初の避難場所」と語っていた。

 暴君と化しつつある米国の陰で、ハリネズミのように身構え「異物」にいきり立つ現代の日本。そのゆがんだ「愛国」の風景の中で、木村は今日も「憂国」の念を募らせながら、対話という地味で困難な営みを続けている】

 三島由紀夫の晩年の言動をもって、三島を薄っぺらい「愛国者」や「右翼」と勘違いする者が多い。かつて「盾の会」に在籍していた者ですら、そうだ。三島由紀夫が血肉になっているつもりの私には、三島や木村さんが言っていることは心の底からよく理解できる。同志たちとともに、日本の真の独立・自立のための政治勢力を作るためにもがいてまいりたい。

 

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 コメント欄を見ると、国旗損壊罪に問題意識を持つ人と「当たり前」と思う人の知性と品性の違いが歴然です。

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 こういう発言が、典型的な『にわか』の「似非保守」。法案提出者として、委員会で「「個人的な政治信条」を述べた」とのことだが、答弁者は個人的な政治信条を述べるものではない。そもそも、国会という場がなんたるかもわかっていないのだろう。

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