福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

連休中の笠間と真壁

 今年の連休は笠間の陶炎祭に観光客が来てくれるだろうか、と心配していたが杞憂だった。官邸に観光大使たちをお招きして菅総理から励ましをいただいたからというわけでもないだろうが、いろいろな番組で観光の自粛のことを取り上げてもらったこともあり、例年以上の盛況だった。私も、余震で割れた器の補充にと会場に向かおうとしたが、盆地になっている笠間に入る道はすべてが大渋滞。短気な私は、耐えられず引き返してしまった。でもよかった。これを復興の烽火にして、またもとの賑やかな笠間を取り戻して欲しい。

 その一方、悲しい出来事も。政治家をやっていると、年に何回か悲しいお別れをしなければならない。真壁の橋本旅館のご当主が急逝された。橋本旅館は、歴史的建造物が立ち並ぶ真壁の街中にあって江戸時代から続く古い旅館で、その建物自体も登録文化財となっている。ご当主は、水戸から養子としてこの旅館を引き継ぎ、早くに奥様をなくした後は男で一つで歴史ある旅館を守り続けてきた。東京で仕事をしているときも街づくりの仲間とともに何度も泊まったり、私自身の真壁の後援会も設立準備会の第1回目から使わせてもらったりしていた。3.11の地震では真壁の古い町並みが軒並みやられてしまい、橋本旅館も大きな被害を受けた。地震後落胆してしまい放心状態だったとのことなので、励ましに行こうと思っていたその日に訃報が飛び込んできたのだ。

 今も真壁の町並みを歩くと、至るところで土壁が崩れ、瓦が落ち、門が傾いていて、趣のある伝統的建築群が無残な状況になっている。今年の雛祭りの盛況を思い起こすと、ただただ呆然となってしまう。多くのお宅では高齢の当主が家を守っているが、跡継ぎがいないところも多い。そんな中には、修繕することをあきらめて取り壊してしまう人もいるという。多額の費用がかかる以上、無責任に「壊さないでくれ」とも言えない。しかし、ここで諦めてしまっては、これまで長い歴史を経て積み重ねてきた貴重な財産を失うことになってしまう。この町並みに育まれてきた夏の祇園祭、春の雛祭り、そうした文化が地震で失われてしまうのは惜しすぎる。

 橋本旅館は娘さん夫婦が戻ってきて引き継ぐとのことである。古い建物を修繕して、お客さんを泊めて、それで生活が成り立つのは、今の時代大変なことであろう。同様に伝統的建築に住む多くの住民が、それぞれの悩みを抱えながら暮らしている。国として何ができるのか、考えなければならない。