福島のぶゆきアーカイブ

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山本内閣法制局長官のインタビュー記事

○通産省の先輩で、集団的自衛権の行使を可能とする安保法案の時に退任させられた山本内閣法制局長官のインタビュー記事。興味深いエピソードが満載。

 最初に接したのは、いわゆる電源三法の改正の法案審査で山本氏が参事官だった時だった。その後第4部長(通産省等担当)に昇進された。通常法案審査の時は、各省の法案担当者は参事官と議論を積み重ねるため、その上の部長以上とは直接やり取りすることはない。しかし、参事官を通じて部長の意向というものが伝えられてくる。

 経産省時代に、私は毎年のようにエネルギー関連法案、原子力災害対策特別措置法、省庁再編関連法案、構造改革特区法案、カルタヘナ議定書など法案の策定や条約の批准の仕事に携わっていた。その間、一貫して山本さんは、中央省庁再編に伴う膨大な量の法改正の審査の責任者や、法制局第4部長(経済産業省等担当)、法制局第1部長(憲法解釈等担当)をされていて、折に触れて間接的に山本氏の意向が伝えられてきた。

 いつも、政策論に過度に立ち入ることなく、憲法から導かれる法理論に忠実に、しかも厳格に審査される姿勢が印象的だった。法制局というのは、一般には何をやっているのか全く分からない役所だが、こうした「保守的」な地道な仕事に徹する官僚の存在があって、立憲主義、法治国家が保たれているということも忘れてはならないだろう。

――2013年8月8日、内閣法制局長官だった山本さんが辞任し、駐仏大使の小松一郎氏を後任に充てる人事が閣議決定されました。この人事を最初に聞いたのはいつ、どのような状況でしたか。
「6月ごろでしたか、事務担当の官房副長官の杉田和博さんから閣議後に『7月21日の参院選の後に君には辞めてもらうから』と直接言われました。『ああ、そうですか』と答えてから、気になって『後任は次長ですね』と念のために聞くと『小松一郎だ』と言うので、非常に驚きました」

――法制局経験がなく、外務省出身の小松氏が就任すれば、法務、財務、経済産業、総務の4省出身者が交代で、次長から昇格する長年の人事慣行が破られるからですね。どう受け止めましたか。
「安倍晋三首相の集団的自衛権行使への思いがそれだけ強いのか、と改めて感じました」

――山本さんは、集団的自衛権の行使を容認するために憲法9条の解釈を変更することは「従来通りできない」と拒否してきました。安倍首相(当時)から、それまでに、この問題について何か指示されたことはあったのですか。
「第1次安倍内閣の時、内閣法制局第1部長として、当時の長官と共に安倍首相に集団的自衛権行使と憲法の関係に関する政府の当時の法解釈をご説明に行ったことがありました。しかし、安倍首相はただうなずいて淡々と聞いているだけで、説明の後、何も具体的指示や議論はありませんでした」

――どう思いましたか。
「その時は、集団的自衛権行使容認をやりたいというのは本当か?と思ったほどでした」

――小松氏は就任後に体調を崩し、通院しながら国会答弁を続けて14年6月に亡くなりました。集団的自衛権行使について、どう考えていたのでしょうか。
「内閣法制局長官の交代に際して、小松さんと一緒にあいさつ回りをした時に、帰りの車の中で思い切って小松さんに『憲法と国際法はどちらが優先すると思いますか』と聞いてみたところ、それまで雄弁だった彼は急に黙り込んだのです。そういう場合に外務省の皆さんは、えてして『国際法だ』と答えると思うのですけれども、小松さんは誠実かつ論理的な人ですから、相当強い葛藤を感じていたのではないでしょうか。しかも内閣法制局は国内法の解釈や大量の法案の審査をする部門ですから、小松さんのような国際法一本やりの専門家では苦しかったのではないかと思います」

 

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