〇私たちの出席が報道されたので、私の考えを以下に述べる。
安倍元首相の「国葬儀」についての私の考えは、これまで本ブログで書いてきたとおりだ。岸田首相が拙速に、おそらくは政治的思惑をもって「国葬」実施を判断したために、歴代最長の任期を務め非業の死を遂げた安倍元首相を静かに送る環境がなくなってしまったのは、残念でならない。英国エリザベス女王の国葬と比べるまでもなく、岸田首相が主催する国葬儀は、もはや実態は国中が元首相を追悼する国葬とは言えない、単なる事務的な儀式になってしまった。
政治家である以上、その人に功罪の評価があるのは当然だ。私は、安倍元首相が国葬に値するような政治家としての仕事を成し遂げたとは評価しない。しかし、その一方で、安倍元首相と何度もそれこそ取っ組み合いせんばかりに本気になって国会で対決をし、官僚時代にはその謦咳にも接した私にとって、その最期を見送るのに立ち会わない選択はない。人間として、最低限の礼儀であると考える。
今回、国葬儀の参加をめぐって、さまざまなコメントが飛び交うことになっていることには、大きな違和感を感じる。安倍元首相の国葬の是非と、その参加は別の次元の問題だ。私は、政治家である以前に一人の人間として、静かに安倍元首相を見送ってまいりたい。そうした人間としての私が、政治家として不適任であるという評価を受けるのであれば、甘んじて受ける所存だ。