福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

地方行政は首長と議会が対等の二元代表制

〇政治家とりわけトップに立つ者は、日々決断をしなければならない。必ず賛成する人と反対する人が生まれる、大変重く辛い仕事だ。中学・高校・大学・役所の先輩でもある大井川知事が、困難な状況の中で自らの価値基準に基づいて決断したことには、まずは敬意を表したい。

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 民主政治の下では、私たちはその決断の具体的な内容もさることながら、一人一人の政治家がそのような決断の基となる価値観を見極め、投票行動で賛否を示さなければならない。

 4月以降の大井川知事の会見を見ていると、次のような論理構成で学校の休校・再開を決めている。

①茨城県では感染者は全ておおよその感染経路を把握していて県内在住の人の間で感染が拡大している状況にない。
②しかし、4月7日に首都圏で緊急事態宣言が出たことによって、隣接する県内10市町には予防措置として外出自粛要請を出した。
③そのことが引き金となって一部の県民の間に不安感が広がったため、無理に学校を再開できないと判断して10市町の県立高校の休校にした。
④それ以外の地域の県立高校については、今授業をしないと感染が拡大して長期化した場合に教育崩壊になる可能性があるので、授業を継続する。
⑤授業を継続する場合でも、心配で休みたい場合は欠席扱いにしないのだから、勝手に休めばよい。

 つまり、この判断に至るまでの知事の価値判断は、経済的な問題や教育の機会確保という行政課題の重要性を上回るほど、茨城県では感染拡大は心配ではない、というものである。

 一方、昨日は感染ルート不明で新たに水戸市の救急救命士や土浦市の学校に勤務する教職員が感染する中で、知事のように「まだ大丈夫」と思っていられない人も、私の周りでは多い。

 特に常磐線は東京から県南・県央・県北を貫いていて、毎朝満員電車で通学する身にとっては、上記の知事の説明で安心しろと言う方が無理なのではないか。たとえば石岡市の高校生が土浦の高校に通っていれば休校で、水戸市に通っていれば満員電車に揺られるというのは、納得できないのは当然であろう。そもそも10市町の休校も、知事自ら「不安感が広がったから、再開できない」と言っているのだから、「その違いは何?」と問われれば、答えようがない。

 ⑤についても、日立一高の生徒たちの通告書は、「学校に行きたくない」と言っているのではなく、「100%の感染予防ができないなら制度として休校にすべし」と言っているのであり、知事やその周辺はその主張に正面から向き合っていない。

 私は、茨城県に住む政治家として、中学2年生の子供を持つ親としても、一人の子供も感染者を出したくない。とりわけ教育現場からは、絶対に出してはならない。すでに感染が広がっている他の都道府県を見てみると、あのようになる前にやりすぎるくらいの万全の対策をとるべきである、というのが私の政治家としての価値観である。

 私と似たような価値観を持つ方にとってみれば、「教育崩壊の可能性があるから、学校を継続する」という説明は大いに違和感があるであろうし、知事の言う県民の「恐怖心、心配、不安」はまったく解消されることはないだろう。県民の不安解消のために学校の休校を決めたというのであれば、県民の不安解消のためのリスクコミュニケーションのやり方を根本的に改めたほうが良い。

 県民が選択した知事であるから、その決断に対する評価は次の知事選で改めてなされることになるが、昨日の県内の感染者増の状況を見ていると、「県内在住の人の間で感染者は拡大していない」と言い切れない状況になっているように思われる。明後日には月曜日となって、また高校生で満員になったバスや電車が走り始めるのであろうか。ぜひ大井川知事には、「君子豹変す」という言葉を拳拳服膺していただきたい。

 合わせて、地方行政は首長と議会が対等の二元代表制。県民と身近に接している議会の皆さんの奮起を期待した。