福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

渋沢栄一と高祖父、福島弥兵

○2024年から1万円札のお札となる渋沢栄一。その生涯の記録は、公益財団法人渋沢栄一記念財団によって『渋沢栄一伝記資料』として電子化されているため、いろいろと検索することができる。

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 試しに私の高祖父の名前を入れて検索してみたら、「明治12年8月2日、東京府下でコレラ病が発生したことに伴い、中央衛生会の決議によって東京地方衛生会が臨時開設され、渋沢栄一らが幹事に就任した」という記事に、福島弥兵衛という名前を見つけることができた。

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 東京地方衛生会は、疫病の予防・消毒・検疫・医療体制の整備などについて議論して決議するための組織で、府会議員、区会議員、商法会議所、医師などから選抜されたとされている。ちょうど新型コロナウイルス対策のための新型インフルエンザ等対策有識者会議のようなものであろう。そこに、高祖父は渋沢栄一や福地源一郎などと共にメンバーとして名を連ねていたようだ。

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「予防策として、飲食を制限し不潔を掃除して、患者が出れば隔離するようにしているが、法令によって強制的に拘束すると怨嗟の声が出てくる。強制すれば却って忌避隠匿がすすんで逆に感染が広がってしまうので、官がやるのではなくて区民の自治的な組織で予防意識を高めるべき」という趣旨の文章などがあり、140年以上前にも同じような状況であったことがわかって興味深い。明治という時代は、意外とリベラルだったのだ。

 高祖父がどのような役割を果たしていたのかは資料からはわからないが、今と同じような課題を抱えて奔走していたのであろう。途端に身近な存在に思えてきた。

 父方の高祖父4人の名前を検索にかけてみたら、3人の名前が検索に引っかかった。いずれも実業家であり政治家であったが、教科書で学ぶ元勲や軍人、官僚たちが活躍する歴史とちょっと違って、明治維新後の社会がいかに当時勃興していた民間経済人たちによって担われていたのかが垣間見える。

 歴史は、進歩しているように見えて、実は人間は昔から同じことを繰り返しているのかもしれない。そうであれば、今我が国が直面していることを解決する糸口は、必ずこうした埋もれた歴史の中にあるはずだ。