福島のぶゆきアーカイブ

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マイケル・ソントン著『水戸維新』

〇先週書肆に並んだマイケル・ソントン著『水戸維新』を読んだ。

 とつくにの若者が水戸の歴史に興味を持ち、文章にしたためてくれるのは嬉しいことだ。ただ、茨大附属中郷土クラブ部長として中学校時代から水戸の歴史や水戸学を学んできたものとして、ちょっと違和感を持つところが多かった。

 まず、あちこちに「改革」という言葉出てきて、水戸藩内の改革派対保守派という構図が語られるが、その現代的な言葉の羅列が全体を薄っぺらい印象のものにしてしまっている。日本語での「改革」にはある特定の価値観が込められている言葉であり、私はこの言葉にあまりポジティブなイメージを持たないが、そうした価値を表す言葉がこの本の理解の邪魔をしてしまっているのだ。英語が母語のソントン氏は、この言葉を原文ではどのような言葉で表現したのだろうか? reformという英語の言葉には、日本語のような価値観が込められていないものと思われるが、それでは文意が通じない箇所がいっぱいある。

 そしてこの本を読んでの最大の隔靴掻痒感は、「水戸藩の6人がこの国を変えた」「明治維新の淵源に迫る」と銘打っている割に、水戸学の何が明治維新の淵源になっているのか、水戸の志士たちの行動によって何が明治維新につながっていったのか、よくわからないところにある。結論的に「水戸で育まれた「尊皇」の教えと、天皇中心の統治と国家強化の思想に起源があったことは確かである」としているが、これは高校の日本史レベルでの記述であって改めて確認するまでもない。

 なぜ徳川御三家の水戸藩から水戸学が生まれ、その思想が明治維新の原動力になったにもかかわらず、薩長戦力に換骨奪胎され、権力の表舞台から消えていくことになったのか。その水戸人の多くが思うモヤモヤ感、アンビバレントな思いへの回答として著者は、水戸学が天皇と幕府との対立を生む思想であり、幕府を倒し天皇を立てる「改革派」が、幕府を守る立場の「守旧派」を打倒することに役立ったというようなストーリーを語る。

 しかし、それはあまりにも乱暴な議論なのではないか。朱子学を一つの源流とする水戸学は大義名分を重んじるから、水戸学が幕府を倒す理論として作られるわけはない。おそらく、水戸学の諸書籍をきちんと読んで理解しないままに、水戸の居酒屋で現代になされる談義に影響されてしまっているのではないか。このストーリーを導くために、会沢正志斎は守旧的な人物として不当に低く評価され、斉昭公は守旧派への優柔不断な態度をとる藩主として描かれ、藤田東湖はその斉昭公を「脅し」たりする豪勇な改革派と位置付けられるなど、あまりにも無理な記述が続いてしまっている。私から見れば、水戸を持ち上げているようで貶めている、「ほめ殺しに」なってしまている。

 とはいえ、誰しもが解きほぐすことができない歴史の不条理に立ち向かおうとしたソントン氏のチャレンジ精神に、敬意を表したい。ソントン氏が描く水戸城下の様子などは、生き生きとした記述となっている。ソントン氏は19世紀の日本都市史が専門とのこと。ぜひ今度は専門の分野で、水戸の幕末を描くような仕事を期待したい。