○さももっともらしく「ワクチン開発・生産体制強化戦略」などと立派な名前がついているが、悲しいくらいピントがずれた、お粗末な戦略。
これまで何度も指摘してきているように、日本が国産ワクチンの開発に遅れを取っている根本の原因は、技術的に困難なことより、ワクチンを開発・製造し、世界で販売しようする民間企業が存在しないことにある。ワクチンの開発自体は、それほど高度な技術ではない。
10年以上前に作られた「ワクチン産業ビジョン」では、すでにそのことを的確に分析している。日本のワクチン市場は、予防接種法に基づく自治体の公費助成によるワクチン接種が中心の、ニッチな利益率の低いマーケットだ。それ故多くは財団法人や社団法人といった公益団体が製造等を担ってきた。
ファイザーなどのメガファーマが作ってきた、世界中をマーケットとするワクチンを開発・製造・販売するような力は、日本の製薬会社にはない。多くの日本の製薬会社は、診療報酬制度の下で一定の利益を上げられる国内のぬるい市場で医薬品を売るのが合理的な行動となっていて、膨大な規模があってもリスクのある、世界のワクチン市場の荒波に漕ぎだそうとする民間製薬会社はなかった。
したがって、薬事承認プロセスの迅速化や治験環境の整備などの規制や制度的な対応は必要だが、それをやっても肝心の民間企業にその意思がなければ、何も進まない。「戦略」に書いてあるような「世界トップレベルの研究開発拠点形成」や「ワクチン製造拠点の整備」などの公共事業をやっても、世界のメガファーマに伍して伍して競争できるような民間企業は生まれないだろう。他の先進諸国は民間企業が中心となっているところに、日本が国が前面に出たところで、勝負にはならない。
この「戦略」には、正直に「厚生労働省の体制にもその一因があると考えられ、平時から企業支援を行うためには、厚生労働省の体制強化及び関連部局間の積極的な人事により多様な経験を積むことも必要である」と書かれている。厚生労働省の官僚たちには、産業政策や経済政策の視点は著しく欠けているから、そもそもワクチンの開発・製造・販売を担う民間企業をどう育てていくかという政策を立案することはできない。このような官僚たちが、いくらワクチン製造拠点の整備などを行おうとしても、うまくいくわけがない。
私が経済産業省でバイオ産業政策を担っていた20年以上前から、こうした問題は議論に議論がなされてきた。もうとっくに原因はどこにあって、何をすべきなのかの論点は出尽くしている。問題は「何をするか」ではないのだ。「どうやってそれを実現するか」、そのための人材を集め、体制を作り、法律や予算などの必要な手当てをする政治の意思決定と行動だけなのだ。
残念ながら、既存の政治にそれを理解する能力がないことが、この国の一番の問題であり、「日本再興は政治の刷新から」と私が唱える所以なのである。もちろん、この20年間の半分以上を浪人生活をして、お国に役立てていない私にも、責任はある。