福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

総理の施政方針演説

 昨日の本会議で総理の施政方針演説が行われました。「いのちを、守りたい」という厳かな言葉から50分にわたって行われた演説は、今日のマスコミではさまざまな評価がなされていましたが、私はこれまでとは全く違う画期的なものであったと思います。自民党政権下での総理の施政方針演説は、一文一文を官僚が書いたものをホチキスで止めて、冒頭と締めの文章だけを適当に格言めいた言葉で飾ったもので、誰が総理大臣をやったとしても変わり映えのしない、血の通わないものでした。私もかつてはそのようなことをやっておりましたが、霞が関の官僚たちは、総理の演説に一文を入れるために(予算要求などの根拠になるため)夜を徹して交渉をし、そのようやく入った一文を何人もの官僚が手を入れてこねくり回していくのですから、私たちの心に響きようもありません。

 「生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか!」という三島由紀夫の最後の演説が体に浸み込んでいる私としては、いのち、いのちと繰り返される演説の理念には、今ひとつピンとこないものもありましたが、鳩山総理の政治理念がまっすぐに表現されていたのではないでしょうか。自民党席からは、官僚出身議員などから「抽象論だけじゃなく、具体的政策を話せっ!」というヤジが飛んでいましたが、細かい政策の短冊を語るよりは、年に1回総理が自らの政治理念を、自らの言葉で語ることの方が大事であると確信しております。総理自らがガンジーの言葉を引用して言ったように、これまでの政権下ではあまりにも「理念なき政治」が横行してしまっていたのです。

 私は今回の演説で一番共鳴した理念は「新しい公共」です。多少長くなりますが、総理の演説の一部を引用します。

「人の幸福や地域の豊かさは、企業による社会的な貢献や政治の力だけで実現できるものではありません。今、市民やNPOが、教育や子育て、街づくり、介護や福祉など身近な課題を解決するために活躍しています・・・人を支えること、人の役に立つことは、それ自体が歓びとなり、生きがいともなります。こうした人々の力を、私たちは「新しい公共」と呼び、この力を支援することによって、自立と共生を基本とする人間らし社会を築き、地域の絆を再生する・・・」

 総理も述べておりましたが、15年前の阪神淡路大震災のときには、震災の混乱の中で大きな騒乱や略奪、暴行が行われるようなことは一切なく、むしろ全国から「新しい公共」を体現する人たちが誰に頼まれるともなく集まって復興に尽くしました。昨日も、長時間事故で停電したまま止まった新幹線の中で、身勝手なことをするような客はいなかった、と報道されておりました。一方、最近起きたハイチの大地震では略奪や暴行が横行していると報道されております。まさに一人一人が知らずのうちに自分のことだけでなく「おほやけ(公)」を意識した行動をしている、それが日本人の美徳であり、誇りなのです。

 本会議後は地元にとんぼ返りし、水戸、筑西と新年会に参加させていただきました。週末には私が住んでいる地域の新年会や地域後援会の新年会もあります。さっそく施政方針演説で感じたことをお話しさせていただきました。こんな時代だからこそ「新しい公共」を地域から再構築していく。そして、「新しい公共」を作り出すエネルギーが、地域を活性化し、日本の再生へとつながっていく。その核になっていく存在こそが、一人一人の政治家でなければならない。そういう、パッションを総理の演説からいただきました。