福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

TPP交渉参加表明を受けて

3月15日に安倍総理がTPP交渉参加を表明した。私のTPP交渉参加に対する考えはこれまで繰り返し本ブログで述べてきた(2月18日)

fukushima-nobuyuki.hatenablog.jp

(2月26日)

fukushima-nobuyuki.hatenablog.jpとおりである。安倍総理の交渉表明の演説を聞いてみると、2010年に菅総理が訪米から帰国直後の臨時国会所信表明演説で突然TPP交渉参加をめざす旨を表明してから始まった当初の議論からは、何も新しい論点は出ていないと感じる。当初から外務省や経産省の官僚たちが言っている抽象的で薄っぺらい理論をなぞっているだけであり、何が獲得を目指す国益なのか、何が交渉に勝つための戦略なのか、さっぱりわからない。政権交代のドサクサ、安倍政権の高支持率に隠れて官僚たちがうまく丸めこんだ、というところなのではないか。

 私は「聖域なき関税撤廃を前提とする限り、TPP交渉参加に反対する」という先の総選挙での自民党の公約に反する、という政局的な批判はあえてするつもりはない。2月26日のブログにも書いたとおり、そのカラクリは、もともとTPPは「聖域なき関税撤廃を前提」とはしていないため、この公約ははじめからTPP交渉参加反対を担保するものではなかったのだ。このことは、私は選挙中の集会では何度も訴えてきたが、一般には膾炙してこなかった。「だまされた」という方もいらっしゃるだろうが、論理的には間違えていないのだから、悲しいことだが「自民党が一枚上手だった。まあ政治はそんなものなのだ」と割り切るしかない。

 

 私が考える一番の問題は、「TPPを通じてこれを獲得したい」という具体的な目標がないことである。「自由貿易が日本経済の利益になる」とか、「アジアの成長を取り込む」という新聞の見出しのような抽象論ではなく、具体的にどこの国のどのルールをどう変えるとか、どの国のどのような関税が問題だという議論があまりにもなされてきていないのだ。菅総理が突然のTPP交渉参加意志を示した後、経団連などの経済界の何人かと話してみたが、「TPPでこれを獲得したい」という意欲はおろか、そもそもTPPとは何かということすら全く知らなかった。さまざまな経団連加盟企業の経営者とも議論をしてみたが、「御社はTPPに日本が加盟すると具体的にどのような利益がありますか」と聞いてもなかなか要領の得られる返事は返ってこなかった。挙句の果てには「経団連が推進しているから」とか「経済産業省が旗を振っているから」とムラ社会的価値観を丸出しにされる方もいた。唯一具体的なのは自動車業界が訴える米国の自動車関税で、韓国等ライバル国との関係から自動車業界がこれを訴えるのは当然である。

 一方たとえば米国は、これまでの報道でも明らかなように日本の自動車市場の非関税障壁の撤廃や保険市場の開放を目指すなど目標は明確だ。ちなみに在日米国商工会議所と議論した時も、当初はTPPについては先方は知らなかった。先の総選挙間際に議論した時も「自分たちが求めることは不透明な日本の規制体系の改善であり、TPPがその手段となるのであれば推進するし、そうでないのであればどちらでもよい」という極めて実利的な主張をしていた。「TPPというバスに乗り遅れたら世界から取り残される」などという情緒的で幼稚な主張はしていないのである。

 結局のところ、TPP交渉参加問題は、それを求める経済界からの強い要望で内発的に出てきたものではなく、経済交渉を仕事とする霞が関のプロモーションで出てきたものである。それが全て悪いとは言わないが、少なくとも日本が得ることを期待する具体的な利益は何かということくらいは官民で共有していない限り、交渉すること自体が目的となってしまい、一体何のためにTPP交渉に参加しているのかわからない結果となってしまうだろう。

 

 二番目の問題は農業問題である。確かに日本の農業競争力は弱く、これまでの数々の農業構造改善のための政策は成功してきたとは言えない。しかしこの農業構造の改善をTPPという黒船すなわち外圧を使って成し遂げようとする考えは邪道である。どこの国も農業はセンシティブな産業であり、ヨーロッパは高率の関税と直接支払いによって、米国は高額の補助金によって自国の農業を保護している。米国は自由貿易の旗手のような顔をしているが、WTOドーハラウンドの停滞の原因の一つは農業補助金の削減に頑なに応じない米国の姿勢にある。日本の農業だけが保護されているように誤解されているが、各国は自らの農業競争力をつける時間を稼ぎながら、都合のよい自由化を主張しているというのが経済交渉の実態なのだ。このように考えたときに、TPPという枠組みの中で日本の農業を構造改革しながら守れるのか、ということを実証的に考えなければならない。

 一番問題となるのは、水田農業である。よく「日本のお米は世界一美味しいから自由化されても負けない」という人がいる。これは「日本人の精神性は世界一だから米国と戦っても勝てる」と言って竹槍訓練を国民に強いた戦前の愚かな指導者たちと同じ精神構造である。今も冷凍食品などに使われる加工用米としてカリフォルニア産のコシヒカリが輸入されているが、おそらく食べている人は完全に日本産だと思って食べていることだろう。その原価は日本産の三分の一である。TPP交渉に参加しているベトナムには、冷涼な気候で魚沼に負けないおいしい水が流れている田んぼがいっぱいある。私が商社マンなら、日本のコメの関税がゼロになればそうしたところで日本向けのおいしいコメを生産する会社を作って日本に輸入するだろう。

 このようになったときに一番困るのは、コメだけで生活を成り立たせている大規模専業農家である。平日は役所に勤めて、休日だけ田んぼに出るような第二種兼業農家は、コメの値段が下がろうが生活に大き

なダメージはない。経済性とは別に、先祖代々の田畑を守れればよいのだ。一方、専業農家は1俵当たり1,000円米価が下がるだけで大きなダメージだ。こうした専業農家のいくつかは地域のJAとは仲が悪いから、表面上は「JAと一緒に反対するのは恥ずかしい」として「TPPは怖くない」などと言っているが、実は一番心配している人たちであることを私は地元で話して実感している。コメの関税が撤廃、もしくは下がったらこのような人たちはどうなるのか、私は議員時代党内で試みてきたが、これまで実証的な議論はほとんどなされていない。このままでは、TPP参加の結果、農業の構造改革の旗手が先にいなくなってしまい、農業を主業としない人たちだけが残ったということになりかねない。砂糖、酪農、畜産等についても然りだ。一番目の問題が「何を獲得するのか」攻める目標が明確ではないことにあるとしたら、二番目の問題は「何を守るのか」守るための具体的な方策は何ら決まっていないのだ。かつてのガット・ウルグアイラウンドの時のような予算の大盤振る舞いで終わってしまわないよう、丁寧で実証的な議論が必要である。

 

 三番目の問題は、安倍総理が会見で「日本が同盟国である米国とともに、新しい経済圏をつくります。・・・日本と米国という二つの経済大国が参加してつくられる新たな経済秩序は、単にTPPだけのルールにとどまらないでしょう。」と述べている、アジアにおける日本の立ち位置の問題である。私は安全保障の問題と経済の問題は最終的には関係はするものの、とりあえず切り離して考えることが日本の国益を拡大すると考えている。確かに中国は日本にとって厄介な隣国である。しかし、日本の経済は良きにつけ悪しきにつけ、中国抜きでは成り立たなくなってしまっている。経済的には日本が中国を「封じ込める」ことにメリットはない。むしろ、中国を上手く抱き込んで、経済の論理の中で法による支配や民主主義的価値観を浸透させていく必要がある。

 おそらく米国にとっても同盟国である日本とともに中国を封じ込めようなどという意志はないであろう。米国は、経済上は中国とも上手く商売をしていくことを考えるであろうし、中国と対立する日本は米国にとって厄介なお荷物となるであろう。アジアにおける日本とアメリカの経済的利益は必ずしも一致するわけではないし、日本はアメリカよりもアジアにおいてははるかに有利な地位にあるのだ。昨年5月3日のブログ

fukushima-nobuyuki.hatenablog.jpをはじめ、何度もこれまで私が主張ているように、アメリカというフィルターを通さないで、日本がどのようにアジアにおいて経済的利益を享受していくのかという戦略を真剣に考える必要がある。先日『ジャンゴ繋がれざる者』という西部劇時代の黒人を主人公とした映画を見たが、そこに悪辣な白人農場主に使えて黒人奴隷を苛めまくる同じ黒人の執事スティーブンという人物が出てきたが、日本が米国の虎の威を借りてアジアの市場に乗り出して行っても、このスティーブンのように見られ、誰も日本に敬意を払わないであろう。

 

 米国のスタンフォード大アジア太平洋研究センター副所長のダニエル・スナイダー氏は『東洋経済』のインタビューhttp://toyokeizai.net/articles/-/12903 で「日本が米国への依存から脱したいと願うことは健全なことだと思う。・・・これは軍事的な面だけを指して言っているのではない。経済、テクノロジー、エネルギーなど、軍事以外のグローバルな経済分野でリーダーシップを発揮することも視野に入れての話だ。日中韓3国の連携など、米国が参加しない地域機構を構築することも含まれる。これは米国にとってもよいことだ。」と主張している。一方で「残念なことに、米国政府内のほとんどの外交政策専門家たちは、共和党民主党を問わず、つねに「イエス」の返事を返してくる日本を期待している。・・・彼らは、真に対等な協力関係には関心がない。」とも述べている。これこそ日米関係の戦後の枠組み、すなわち「戦後レジーム」の本質を言い当てている。安倍総理は、かねてから「戦後レジームからの脱却」を唱えていた。その本当の意味とそれを実現する困難さを自覚し、覚悟を持って安倍総理が主張するのであれば、私はもろ手を挙げて賛成だし命を懸けて行動してもよい。しかし、TPP交渉参加表明を見る限り、その発想は頽廃的な戦後レジームそのものであり、日本外交の新たな地平を切り拓くようなものともなりえまい。もうすでに低い位置からの交渉スタート。大きな期待はすることなく、見守りたい。

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