福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

栃木に先祖を訪ねる旅

〇今日は愛犬五右衛門にとっての初めての雪。どんよりした空のこの週末は、学校にずっと行けずに家に引きこもっていた息子を連れて、栃木に先祖を訪ねる旅。

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 亡母が入ったお墓に最初に入っているのは、曽祖父繁三郎。曽祖父が生まれた栃木市の家は、現在山本有三ふるさと記念館になっている。その向かいにあるとちぎ蔵の街美術館は元々善野家の土蔵で、曾祖母静の祖父(6代目福島彌兵衛)の実家である。

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 幕末には商人たちによる自治の気風があった栃木では、筑波山から流れてきた天狗党が、豪商たちから資金の徴発をしようとした。ところが、商人たちがこれを断ったことで天狗党から街に火を放たれ、古い家の人たちは残念ながら今でも水戸を快く思っていない人もいる。

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 佐野市葛生では、吉澤記念美術館に。葛生は、高祖父吉澤兵左が創業した石灰産業の街。代々集めてきた美術品を市に寄贈して美術館になっている。祖母の従兄弟に当たる先代が下館の中村家から来ている繋がりで、板谷波山の作品を数多く所蔵している。

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 北関東の地は、すでに江戸時代後期から武士ではなく豪商・豪農が中心となって活躍し、パトロンとなって芸術の振興を行ってきた。学校で習う士農工商の身分制とは実態は全く違っていて、市民社会の萌芽がそこにはあった。

 そうした商人たちが、明治維新後は渋沢栄一などと共に銀行を作り、電力会社・ガス会社を設立し、鉄道を引いて近代化が進められることになった。近代化は、決して維新政府が行ったものではなく、江戸時代から蓄えられてきた民の力だったのだ。

 息子が、学校で習う歴史だけではなく、幸いにして現代でも接することができる自らの先祖の歩みに何かを感じて、人生の糧としてくれることを、親としては望む。果たして何かを感じてくれただろうか?