福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

村長も総理大臣も務まる男が、茨城にはいた

【村長も総理大臣も務まる男が、茨城にはいた】

 日頃よりご指導いただいている亀井静香先生の連載する週刊現代の「政界交差点」に、地元の故狩野明男先生の評伝が掲載されました。編集を担当したのが私の従弟であるのも、何かのご縁でしょう。

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 全国的には決して名が知られているとはいえない狩野先生に光を当てるのが、亀井先生の真骨頂であり、情けの深いお人柄の表われです。

【'92年に57歳で早逝してしまった狩野とは、政治的に一緒に動けた期間こそ短かったが、常に行動を共にしてくれた。派閥のなかで俺が喧嘩すると、いつも俺についてきてくれた。理屈などなく、「亀ちゃんのやることなら」と同調してくれた。居心地の良い友達だった】

【旧茨城1区を地盤とする狩野は選挙に弱かった・・・狩野をひと言で表すなら、村夫子、物知りの、村の顔役のようなものだ。国会議員として初めて、点字の名刺を作るなど、障害者問題に対する取り組みには熱心で、社会福祉にも尽力していた】

【村長が務まるからといって総理大臣は務まらないのは当然だろうが、総理大臣が務まっても村長のような役回りはなかなかできない。「叩いた強さに応じて音が出る」という彼の能力をもってすれば、それは可能だった。もっと長く政治家をやれていれば、日本の政治は良い方向に変わっていたはずだ】

 土に根差した、名望家たちによる保守政治が行われていた良き時代。その空気を持っている政治家は、亀井先生などもはや絶滅寸前でしょう。こういう人情味あふれる政治の空気は、今の国会にはあまりありません。それは、最近の「自分は保守だ」などと威勢のいいことを言っている人の考える保守政治とは、全く別物なのです。

 私も、選挙で苦労しながらも、郷土の空気をいっぱい吸い込み、多くの人の思いを体に刻み込んで、土の香りのする、人情味のある政治家を目指していきたい。

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