福島のぶゆきアーカイブ

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新型インフルエンザ等特措法及び感染症法等の改正法案

〇今日から本格的な論戦が始まる通常国会の前半の山は、言うまでもなく、新型コロナウイルス対策のための新型インフルエンザ等特措法及び感染症法等の改正法案だ。

 法案の条文はまだ入手できていないが、概要を見てみた。「罰則より補償を」という意見は俗耳に入りやすいが、立法技術的には政府による強制措置と補償をワンセットにするような条文は作れないだろう。また、かつてエイズが問題になった時に、人生に絶望して不特定多数と性交渉を繰り返してHIVを広げようとした人もいたから、入院措置を拒否した者に懲役刑をつけることも止むを得ない対応だと考える。

 これから起こりうる最悪のケースは、重篤な感染者が必要な医療を受けられずに溢れてしまう医療崩壊だ。そのようなことが今後起こらないことを祈るが、こうしたことに対応する立法こそが今必要だ。しかし、この改正法案でも都道府県知事等ができるのは、医療関係者への協力の要請と要請に応じなかった場合の勧告だけであり、民間の医療機関の医師やスタッフに強制力を持ってコロナへの対応に当たらせることは、どんな深刻な事態に陥ってもできない。本来、今回の改正でやらなければならなかったのは、この点なのではないか。

 そして、一番の問題は、緊急事態宣言が出される前に「まん延防止等重点措置」というものを公示し、都道府県知事が事業者に命令を行い、そのために必要な立入検査などに拒否した場合に過料(罰金)を課すという規定だ。この発出の要件は、「政令で定める」とされているだけで行政の裁量性に委ね、立法府たる国会の関与もない。憲法第22条に基づく「営業の自由」に違反する恐れもある規定であると考える。

 かつて東海村JCO事故の後、私が原子力災害対策特別措置法の条文を作る仕事をしていた時、内閣法制局の審査で一番の議論となったのは、さまざまな私権の制限を可能とする原子力緊急事態宣言の発出の手続きであった。「憲法上保証されている権利の制限には立法府の関与が必要である」というのが内閣法制局が示す原則だったが、一刻の猶予も許されない中で国会の事前承認などをやるような仕組みは作りたくない。そこで、行政の裁量性がはたらかないように、一定の放射線量を越えたら自動的に原子力緊急事態宣言が発出されるという制度にした。

 すなわち、行政の裁量性があるトリガー(引き金)で、私権の制限を強制力を持って可能とする法律は、違憲の可能性があるのだ。だから、新型インフル特措法でも、緊急事態宣言の発出の際には国会への報告が義務付けられているのだ。事後報告でいいのかという本質的な問題があるが、これがギリギリのところだろう。

 憲法に基づいて国権の最高機関と位置付けられている国会で、どんな緊急事態法制であろうと違憲の疑いがある法案は通してはいけない。先日の米国のバイデン大統領就任式では、「私は合衆国大統領の職務を忠実に遂行し、全力を尽して合衆国憲法を維持、保護、擁護することを厳粛に誓う」と宣誓がなされた。立憲主義、法治主義に基づかない権力の行使がなされる国は、近代民主国家とは言わない。このような法律が前例となって同じような規定の法律が増えていけば、やがて日本の立憲主義は崩壊していくこととなろう。

 今週から法案の修正協議が与野党の間で行われるようであるが、立法府の役割として与党か野党かの立場に関わらず、歴史に恥じぬ法案の修正がなされることを心から望むものである。

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