福島のぶゆきアーカイブ

前衆議院議員 福島のぶゆきの活動記録です

今月の『月刊日本』

〇今月の『月刊日本』は、自民党の鬼木誠議員と皇室典範改正についての対談。

 鬼木議員は、日本会議国会議員懇談会の皇室制度プロジェクトチームの事務局長。日本会議というだけで、何か闇の組織でもあるような陰謀論的なレッテル張りをする人たちがいますが、この対談記事をお読みいただければわかるように、鬼木議員はわたしよりずっとリベラルです。鬼木議員とは、昨年夏に玄葉副議長(当時)らと共にアフリカを訪問しました。実はこの訪問の裏の目的は、昨夏にまとまる直前まで行った皇室典範改正のとりまとめに向けた下打ち合わせをすること。その当時に汗をかいていた額賀議長も玄葉副議長も私も今国会の全体会議にいませんが、この度一定の結論を出すことができたことは、よかったと思います。

【今やるべきは、とにかく先例の範囲内でできる限り選択肢を増やすことです。国会議員にできるのはそこまでであって、その先は皇室のご判断と天命に委ねる。最後は人事を尽くして天命を待つしかありません。しかし、わが国の歴史では皇統の危機において必ず忠臣が現れて人事を尽くし、天命を授かって万世一系の皇位継承が続いてきました。だからこそ、天皇は尊いのです】

 天皇を巡っては、途中から鬼木議員と激論を交わしております。

【鬼木 明治政府は不平等条約を改正するために法治国家として憲法を作る必要があった。しかし、井上毅は西洋近代の成文憲法と日本古来の天皇が矛盾しないよう必死に努力した。それは多とすべきでしょう。

福島 その試みは不完全だったんですよ。明治以降、わが国は西洋近代の価値観と日本古来の価値観の矛盾に苦しみ、竹に木を接いだような姿になってしまった。その結果、明治期に抱え込んだ矛盾が昭和期に爆発してしまったわけです。西洋近代が限界を迎えた今、我々が日本古来の価値観に回帰するためにも、天皇と憲法の関係を考え直すべきです。ローマ法王だってキリスト教国の憲法に規定されているわけではないのですから、天皇を世俗の憲法に規定する必要はありません。「わが国には天皇が御坐します」という事実だけあればいいでしょう。

鬼木 いや、法治国家において皇室を法律の外にある超法規的存在とすると、却って不安定になる恐れがあるのではないか。だから、現在の国会議員は明治時代に井上毅が果たしたような役割を果たさないといけないと思う。

福島 それがまさに西欧近代主義が生んだリベラリズムではないか。最近来日した米国の政治思想学者パトリック・デニーンは、著書『リベラリズムはなぜ失敗したのか』で、西欧近代は個人主義を基盤として個人の自由や利益を拡大しようとして国家の役割を増幅させて法の支配を強め、共同体の自治的な規範や価値基準となる文化を解体した結果、公の概念が失われ、共通善(common good)がなくなり、かえって格差の拡大や人間の孤独が深まり、そうした不満がトランプ現象のようなものになって表れている、と言っています。伝統や慣習のような不文法ではなく、理性に基づく明文法であらゆるものを規定しようとするというのはリベラルの姿勢でしょう。しかし、天皇はまさに日本という同族的な共同体の大本家であり、日本の文化の中心です理性で割り切れる存在ではない。そういう存在を憲法や法律の枠組みに入れようとするから、どんどん窮屈になっていくんじゃないか。鬼木さんがそんなにリベラルだとは思いませんでした(笑)】

 結構刺激的な議論を行っていると思いますので、ぜひ購入の上ご一読賜りますと幸いです。

月刊日本2026年7月号

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