福島のぶゆきアーカイブ

前衆議院議員 福島のぶゆきの活動記録です

大塚耕平さんのお別れ会

〇元参議院議員の大塚耕平さんのお別れ会に参列して来た。大塚さんが日本銀行を辞めて選挙に出る時、大塚さんに付いて日銀を辞めて秘書になった黒田太郎さん(元愛知県議)が私の東大ヨット部の先輩だったこともあって、親しくお付き合いさせていただいた。専門の金融政策や経済政策だけでなく、仏教や歴史にも造詣が深い教養人。一方、代表選挙のような政局になると、いつもどこかに消えていた。

 大塚さんが初当選した2001年の参議院選挙では、私の通産省の先輩である松井孝治さん(現京都市長)や鈴木寛さん(現東大教授)などが出馬して初当選した。1996年に初めての小選挙区制の衆院選が行われ、いよいよ日本にも本格的な二大政党の時代が始まるとして、多くの優秀な若手官僚たちが民主党から出馬する走りだった。私も、これらの先輩の背中を追って2003年の衆院選に出馬することとなった。

 あれから四半世紀が経って、自民党に代わりうるもう一つの政党ができうる状況にはない。大塚さんも、松井さんも、昨年亡くなった岸本周平さん(財務省→衆議院初当選同期・前和歌山県知事)も、そんな国政に見切りをつけて首長選挙に転身した。私より一回り年上の世代の大塚さんも岸本さんも、鬼籍に入った。政権交代のある二大政党制を目指した「平成の政治改革」も、ひっそりと幕を閉じたのだろう。一回り下の私たちの世代は、「平成の政治改革」に代わる新たな政治理念と政治体制を作り上げる責任があるのだろう。

 お別れ会で配られた「大塚耕平の遺した言葉たち」には、「『中道』とは」というものがあった。

【「中道」は真ん中という意味ではない。本来の中道、仏教的な意味での「中道」は、他者の意見、異なる意見を否定しない。自分の考えだけで裁かない、話し合うことは聞き合うこと、そして折り合いをつける、という「結論に至るための思考」の方法論である】

 大塚さんは、先の衆議院選挙後の政治の状況をどう眺めていたのだろうか。これから掲げるべき政治理念とは、どのようなものであると考えていただろうか。こんな時だから、大塚さんと話したかった。本当に惜しい方を日本の政界は失った。