福島のぶゆきアーカイブ

衆議院議員 福島のぶゆきの活動記録です

桜川市市制施行20周年記念式典

〇桜川市市制施行20周年記念式典が開催され、一言祝辞を述べてまいりました。

 私の父方をたどっていくと先祖は桜川市出身ですので、万感の思いを込めてご挨拶いたしました。桜川市は、郡域を超えて2町1村が合併して誕生しましたが、2022年には過疎地域に指定されるなど急速な人口減少の下にあります。もう間もなく石岡市側と結ばれる県内最長となる上曽トンネルが開通しますが、こうしたインフラの整備は「ストロー現象」と言われる人口流出をさらに招く可能性もあります。

 私からは、「どんなに社会情勢が変わろうが、市の名前の由来となった宝ヶ池を源流とする桜川と加波山・筑波山などの山並み、広がる豊穣な土や花崗岩は変わらない。こうした豊かな資源に育まれた文化や伝統的街並みは、変える意志さえ持たなければ変わらない。長い時間引き継がれてきた郷土の文化や伝統に誇りを持って守り続けていけば、「ストロー現象」は逆の方向になるだろう」とお話しし、紀貫之がこの地を詠んだ「常よりも 春辺になれば 桜川 波の花こそ 間なく寄すらめ」という紀貫之がこの地を詠んだ和歌で締めました。

 第二部は、桜をめぐる郷土史の第一人者である稲葉寿郎先生が、「桜川・千三百年の桜文化史」と題した講演を行いました。『常陸国風土記』の時代から紀貫之の平安時代、維康親王の鎌倉時代、室町時代には世阿弥がこの地を舞台にした有名な謡曲「桜川」を作り、その影響で江戸時代には歌舞伎や様々な意匠に「桜川」が取り入れられ、徳川家によって江戸や水戸には桜川の桜が移植されるなど...見事に日本の権力の興亡と桜川の山桜が織りなす歴史絵巻。圧巻の講演でした。

 講演を聞きながら、そういえば私の先祖は桜川の源流の地から出て、隅田川のほとりの両国に辿り着きます。謡曲「桜川」は、能や歌舞伎の「隅田川物」として翻案されますが、そこで登場するのは吉田家。先祖の出も吉田家。なんだかゾクッとするような気持になりました。桜には、日本人を狂わせる何かがあるのです。

 素晴らしい講演だったのに、挨拶を次々と述べた来賓の皆さんは講演前に退場。もったいないですね。私自身が桜川と山桜の歴史を大切にし、ルーツの地の発展に寄与できるよう精進してまいります。