福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

矢ツ場ダム建設の決定

 マニフェストの目玉の一つだった八ツ場ダム建設中止の約束が反故にされた。八ツ場ダムの建設については、それぞれの立場からの意見があるに違いない。しかし、私たちは2009年の衆議院選挙のマニフェストで建設中止を明言し、総選挙の審判を経てその約束を実行するために検討をしてきたはずである。前原政調会長の抵抗も空しく、またもやマニフェストの目玉が闇に葬り去られることになったことに、私たちは真摯に反省をし、自らの政権の正当性を問い直さなければなるまい。

 そもそも今回このような結果になったのは、昨年9月に前原氏自身が国土交通大臣の時に決定した「今後の治水対策のあり方について中間とりまとめ」によって定められた再検証のプロセスを認めた時点で予想されることであった。この中間とりまとめによると、ダム事業音見直しは、まず国土交通省の地方機関である地方整備局・同省傘下の独立行政法人である水機構・都道府県が「検討主体」となって見直しを行い、その結果をパブリックコメントに付し、学識者や関係住民等の意見を聴取した上で、「検討主体」が対応方針原案を策定し、第三者による事業評価監視委員会の意見聴取を経た上で国土交通大臣が決定することとなっている。

 こうしてみると、一見慎重なプロセスを経ているようであるが、見直しの案を策定するのが国土交通省の身内と事業推進を図る都道府県だけで構成される「検討主体」というのがミソである。いわば「泥棒に縄をなわせる」、「まな板のコイが包丁を握る」という譬えそのものの方法であり、さまざまな有識者や関係者等が意見を言う機会はあるが、それはそうした機会があるという「言い訳」のためにすぎず、決定自体には関与していないのだ。これはよく官僚たちが、政治家に意思決定に関与させず、自分たちの思い通りの決定を行わせるためにやる典型的な方法である。このプロセスを認めた時点で、官僚主導による意思決定は決まっていたのである。

 前原氏は一見政党としての正当性を維持するために行動したようにもみえるが、このようなプロセスを国土交通省として認めた責任もあることを自ら認めなければなるまい。これから、私の地元の事業である霞ヶ浦導水事業についても再検証のプロセスが進められる。地元の漁協関係者が長年反対運動を行い、八ツ場ダムとは異なり地元住民からは推進の意見がほとんど聞かれないこの導水事業は、治水・利水のために不要不急の事業であるばかりか、国土交通省が唱える霞ケ浦の浄化のためにも科学的根拠が極めて怪しい事業である。役所もそれを内心認めているのか、1年以上たっても「検討主体」による検討の場はまだ2回しか開かれていない。民主党政権下で中止の決断を行わないようサボタージュしていると見られても仕方あるまい。

 さまざまなマニフェストが反故にされるなかで、私はこのマニフェストが間違いであったというのであれば、解散で信を問うということも論理上当然であるが、少なくともそのマニフェストの作成に携わった党幹部は一切の役職を辞するべきであると思われる。ちなみにその当時の幹事長は岡田克也氏であり、政調会長直嶋正行氏、前原現政調会長も当時は副代表であった。一方、マニフェストが間違えなのではなく、政権をお預かりしてそれを実行する手法が未熟だというのであれば、前原国土交通大臣が犯したような決定的なミスをしないために、党と政府が一体となってその手法を創り出していくために努力するしかない。しかし、本当にマニフェストを頑張って実行するという強い意志を、私は野田政権からは感じられない。

 政治にとって何よりも大切なことは「信」である。「政治家が言うことはどうせ選挙目当ての出まかせで、信じたって仕方無い」と国民に思われたとたんに、民主制度は死を迎える。私は今はその瀬戸際まで来ていると感じている。民主党が日本の民主政治を殺した、と歴史に評価されないために何をするのか。来年は大変な年になりそうである。