福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

青天を衝け

〇昨日から、NHK大河ドラマ「青天を衝け」がはじまった。大人になってからは、歴史を現代風にアレンジして演出する大河ドラマが苦手で見ていなかった。しかし、今回は徳川斉昭公をはじめ幕末の水戸が正当に描かれ、第1回から私の家の近所の千波ヶ原での追鳥狩や弘道館のシーンが出てきて、今後の展開が楽しみ。

 言うまでもなく、斉昭公の七男の一橋慶喜公に仕えた渋沢栄一は、水戸藩とゆかりが深く、水戸学の影響を大きく受けている。弘道館や水戸二中前にある二の丸展示館では、渋沢栄一と水戸の関係に関する展示が行われているので、ぜひコロナ禍が一段落したら水戸にいらしてください。もう少し水戸は、渋沢栄一との関係を大きくアピールしたほうがいいのに。

 私の先祖たちも、渋沢栄一とはご縁があったようだ。渋沢栄一記念財団はホームページで『渋沢栄一伝記資料』のデジタル版を公開していて、渋沢栄一の日記などに出てくる人物を検索できる。同時代に生きた父方の高祖父4人の名前を入れると、3人がヒットをする。

 それを辿ってみると、8代目福島弥兵衛は、明治12年に東京にコレラが蔓延した時、商法会議所から選抜されて渋沢の指揮の下経済界から防疫のために奔走し、明治16年には渋沢栄一が東京商工会の初代会頭になったとき、ドラマにも出てくる渋沢喜作とともに幹事になっている。別の資料では、東京瓦斯の設立の際にも、一緒に仕事をしていたようだ。

 祖母の父方の祖父江原芳平は、前橋商工会議所初代会頭や貴族院議員を務めたが、群馬県で利根電気などの創設と経営に関わり、現在の群馬銀行の第三十九銀行の初代頭取にもなった。明治35年に、渋沢喜作と共に渋沢栄一の下を訪ね、第三十九銀行への資金融資を求めるが断られているとの記述がある。江原家は、渋沢家の深谷に近い前橋で同じ製糸業を営んでいたので、交流があったのだろう。

 祖父の父方の祖父3代目望月磯平は、茨城県西茨城郡門毛(現桜川市)の郷士吉田家の生まれ。旧栃木町長や栃木商工会議所会頭を務めたが、栃木電気や栃木瓦斯を設立し、東武鉄道の根津嘉一郎と交渉して鉄道を栃木に引いたりした。大正5年に開かれた日本の生命保険事業の祖の阿部泰蔵の表彰式に、渋沢栄一と共に出席している。

 もう一人の祖母の母方の祖父の初代吉澤兵左は、資料では渋沢との接触は確認できないが、栃木県葛生町長などを務め、吉澤石灰工業を創業。やはり鉄道を敷いて東武鉄道で東京と結び、近代工業化が進む中で首都圏へのセメント原料の供給に当たっていたから、どこかで接点はあったかもしれない。

 そして、曽祖父福島繁三郎は、望月磯平の三男として生まれ福島家に婿入りしているが、東京帝国大学経済学部を恩賜の銀時計をいただいて卒業後、渋沢が設立し頭取を務めていた第一銀行に勤めていた。昭和3年、渋沢の米寿祝賀会に参列している。もしかしたら、曽祖父が福島家に来た縁は渋沢栄一が関係しているのかもしれないが、祖父たちが亡くなった今は確認することはできない。

 私のファミリーのことで大変恐縮だが、教科書で学ぶ近代史には明治の元勲たちの話は出てきても、民間の立場でそれぞれの地元で経済の近代化やインフラの整備を行ってきた人たちの話は出てこない。恐らくは、人と人とのつながりの中で、膨大なエネルギーを費やし、実現してきたものだ。その多くは、関東大震災や昭和恐慌、第二次世界大戦を経て没落している。

 この大河ドラマをきっかけに、そうした近代化の過程で強い光を放ちながらも忘れられてきた人々の生き様に再び光が当たることを期待したい。

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