〇キプロスを衆参両院の議長又は副議長が訪問するのは初めて。日本の大臣が訪問したことも、まだありません。よって、キプロスの国営放送でも放送されるなど、大歓迎を受けました。

まずラウナ欧州担当大臣を訪問。ラウナ大臣は、オックスフォード大学を出た42歳の聡明な女性。会談は、大統領府の中にある会議室で行われました。キプロスは、来年1月からEUの議長国となります。ラウナ大臣が、EU内やEU外諸国との調整に飛び回る役割となるそうです。大臣からも「このタイミングで会談が行われることに意義がある」と冒頭あいさつがありました。そして、「地理的に離れていても、大陸に大国を控える海洋国家という意味で安全保障関係が似ている」と指摘がありました。
私から、パレスチナのガザ地区への支援の連携について話したところ、待ってましたとばかりに流れるように言葉が溢れてきました。これまでも、地政学的に歴史的にパレスチナやシリア、レバノンなどが混乱すると、難民が真っ先に押し寄せてくるのはキプロスなので、プライオリティの高い問題なのです。キプロスは、もうすでにガザ地区に「海上回廊」と言われる独自の支援を行っており、パレスチナを国家承認しております。それでも、湾岸諸国やレバノン、エジプトなどだけでなく、イスラエルとも良好な関係を築いているのが、キプロスの外交の真骨頂です。「ユダヤ人問題や宗教的問題のない日本と一緒にガザの復興に協力するといいのでは」と申し上げたところ、大きな共感をいただきました。

次に、ディミトリウ国会議長を訪問。ディミトリウ議長も、39歳と若くておしゃれでパワフルな女性政治家。次期大統領の有力候補だと言います。最初に国会議事堂内を案内していただきましたが、現在の国会議員は56名ということで、簡素な日本の地方議会のような雰囲気です。会談後は、玄葉副議長と二人で記者会見に臨んでいましたが。キリリとした話し方はさすがに大統領候補の政治家です。
キプロスは1960年にイギリスから独立しますが、混住していたギリシャ系とトルコ系の住民の対立が激化して、1964年には国連PKOが介入してグリーンライン(後述)で停戦しました。1983年にはトルコ系の北キプロスが独立を宣言しましたが、トルコ以外はこれを承認していません。北キプロスには3万人ものトルコ軍が駐留しており、トルコはNATO加盟国。一方、(南)キプロスはEUに加盟していますがNATOには加盟していないので、とても複雑な状況に置かれています。

ディミトリウ議長は「キプロスに対する侵害はEUに対する侵害である」ときっぱりとおっしゃいますが、そんなに物事は単純ではないでしょう。でも、こうした複雑な安全保障環境が、多角的な巧妙な外交に繋がっているのは、日本も学ぶべきでしょう。そして、議長もやはりパレスチナ問題でのキプロスの果たす役割の重要性を強調し、日本との協調を期待する旨をおっしゃいました。私からは、地元の支援者がキプロスの食品会社と一緒にビジネスをやっている事例を紹介したところ、大喜び。「絶対にまた来てね」と言っていただいたので、再会を約束しました。

その後は、国連が管理する緩衝地帯の「グリーンライン」を視察。かつてのベルリンのようにキプロスの首都ニコシアも、たとえば建物の入口と裏庭の間で分断されたりしていますが、堅牢な壁が築かれているわけではなく、住民たちが行き来できるところもあると言います。ニコシアの旧市街自体は、15世紀のヴェネチアの支配を受けたあたりから高い石垣と堀に囲まれた都市として発展し、オスマントルコやイギリスの支配下でも中心都市であり続けた美しい街です。でも、グリーラインの向こうに見える学校だった建物には無数の銃痕が見られ、国連のマークの前には鉄条網が置かれていました。

今回の副議長公式訪問団への同行を通じて、東アフリカやキプロスなどこれまで外交関係が薄い国々に国会議員が行くことによって、それ自体が日本外交の大きな財産になるとともに、いずれの国も日本にとって地政学上、経済上などでの重要なパートナーであることも再認識できました。これこそが、議員外交の大きな意義や醍醐味なのです。