福島のぶゆきアーカイブ

これまでにWebで公開したものの記録です

千正康裕さんの『ブラック霞が関』を読んだ

〇先日は、最近の霞ヶ関のブラック化の原因が国会対応にあるという各紙の報道は、国会を形骸化させようとするキャンペーンの臭いがする、と書いた。

 その関連で、厚生労働省を一昨年退官した千正康裕さんの『ブラック霞が関』を読んだ。千正さんは2001年入省だから私の6期下になる。この本を読む限り、誠実に仕事をしていた立派な官僚だったのだろう。最近メディアが書くような短絡的な国会対応ブラック化論と違って、フェアな分析をしている。

 私が霞ヶ関を脱藩した2003年以降、霞ヶ関の状況は私の時から若干変わっているようだ。キャリア官僚の志望者は1998年度の40,535人から2019年度の17,295人へと6割近くも減っている。当然官僚になる人のモチベーションや人材の質において、大きな変化をしているのだろう。特に、女性職員が増えたことによって(当然それは歓迎すべきこと)、時間に無理がきく若手男性職員にしわ寄せがいっているという指摘は、私の時代には考えられないことだった。

 この中に書かれている、いくつかは直ちに改善できる問題だ。たとえば、野党議員が官僚を読んで吊るし上げているようにみえる「野党合同ヒアリング」は、私が森友問題で質疑に立っている時も、役所からの情報を取れなくする無用のものでしかなかった。政治家の不祥事に対するヒアリングなどは、政府にいる政治家が野党議員に対して説明すべきであり、必要な情報提供を認められていない官僚を矢面に立たせるようなことはすべきじゃないだろう。官僚を政務に携わらせるべきではないのだ。

 この本では、霞ヶ関の業務を合理化するための提言がなされているが、これらは少し視野が狭く甘いものである。物事の本質は、橋本行革によって官邸主導・政治主導が進み、政と官の関係や役割が変わった中で、それに対応した政と官の仕事の進め方のルールができていないことである。とりわけ、本来は法律を作ることが役割であるにもかかわらず、相変わらず形骸化した議論ばかりが行われている国会の改革こそが、本丸である。

 今週土曜日には、円よりこ先生が主宰する「女性のための政治スクール」で、橋本行革が目指したものと、現状に照らして実現しなければならないことについて、講演する予定だ。今の日本の統治機構の問題点と今後のあり方について骨太な話をしたいと思っています。